芸能界事件簿その1を読み終えた方は、

芸能界事件簿から人生を学ぶその2にお進みください。

その2は、その1以上に記事がバラエティーにとんでいます。

そしてアスリートや政治家、起業家にも言及しています。

なるべく社会的背景についても併せて論考してみます。 

アイドル歌手の草分け---麻丘めぐみ

この意見には異論があるだろう。だが、店長には「麻丘めぐみ」こそアイドルであった。現在、アイドルといえばグループと相場が決まっている。だが、一人残らずソロ歌手だった時代、いったい年間何名がソロ・デビューしていたのだろう。その中で人気歌手として連続ヒットを飛ばすのは至難の業である。ただ歌が上手いだけではダメで、キュートな容姿が不可欠。しかも脚が細いことが条件だ。さらにロングヘアが似合うこと。厳しい条件である。で、麻丘めぐみだが、このすべてをクリアしている。当時の写真がそれを物語る。中高生時代にこんなキュートなガールフレンドがいたなら、毎日が夢の中であったろう。その後の店長の人生も違ったものになったろう。デビュー曲「めばえ」もその次の「私の彼は左利き」も、店長は今でも口ずさむことができる。時代は流れる、色あざやかに。

「万田酵素」が育てていた美女---東ちづる

彼女の存在を知ったのは、店長が都内で営業していたころであった。料理番組に綺麗な女性が出ている。と友人から訊いた。それからさらに時を経てTVドラマでたびたび見かけるようになった。女優の名は「東ちづる」といった。ところがその女優の出身を知って店長は驚いた。店長の地元は広島県福山市である。そしてお隣が尾道市であった。因島は現在尾道市に繰り入れられている。当時は広島県因島市であった。歴史的には「因島村上水軍」が有名である。毛利氏に味方して織田信長軍とも戦った。この島に「東ちづる」のような美女がいたとは。「お嫁さんにしたい女優」に最もふさわしい女優でもあった。おそらく、店長が推測するには、その昔、村上水軍は美女ばかりを集めていたのではないだろうか。そして、その末裔が「東ちづる」ではないのか、と。そう考えれば納得がいく。さらに村上水軍が大好きになった。そして因島も。この突飛な結論に納得した店長は、それを友人に話した。まじめな友人は即座に否定した。「万田酵素」のせいじゃないかな、と彼。まさか。そっちの結論の方がおかしい。まあ、機会があれば自転車で因島へ渡ってみたい。

岡崎友紀のライバルから素敵な変身---松坂慶子

松坂慶子は、岡崎友紀主演の「ママはライバル」に恋敵として共演していた。当時はほとんど無名に近かった。それが、何としたことか、深作欣二監督作品となればほとんど脱いでくれた。その脱ぎっぷりは、アイドル路線の岡崎友紀には、とうてい真似はできなかった。松坂慶子のお尻は大きく、腰には凹凸があり、わくわくした男性ファンは多かった。おそらく、往年の彼女に比肩できる女優は、今では、探してもいないに違いない。深作監督とは、特別な関係にあると噂されていた。「火宅の人」では、ローソクの炎の中で緒方拳と全裸で絡み合った。その印象深いシーンが店長の目に焼き付いている。

XJapanのhide---人気絶頂期に自宅で縊死

hideが自宅マンションの寝室でドアノブにタオルをかけて自殺したのは、98年5月2日であった。その告別式にファンが押しかけニュースで報じられた。さらに後追い自殺が続出し、社会現象になった。そのギタリストのカリスマ性に世間は驚いた。また、ドアノブに掛けたタオルで首つりが可能なのかと、驚いた人も多かった。発見したのは婚約者である。クスリと関係があったのか、謎とされた。

二度にわたる恋の逃避行---元祖「魔性の女」関根恵子

失踪、隠遁生活から芸能界に無事復帰を果たし、映画監督の高橋伴明氏と結婚。そして芸名を高橋恵子に改めた。年齢を重ねた現在では「女性用かつら」のCMで時折見かける。全盛期の彼女は「濡れ場」が最も似合う女優であった。10代半ばにしてのデビュー作がすごい。その後の高橋恵子を暗示している。70年大映「高校生ブルース」で妊娠する女子高生を演じた。そのあと「幼な妻」での初夜のシーン。さらに73年、「朝やけの詩」湖を全裸で泳ぐシーンがお見事。その当時の男の子を釘付けにした。もちろん美少年であった店長も例外ではない。「元祖」というより「永遠の魔性の女」である。ああ、昭和が過ぎていく。「魔性の女」とともに。

美しさとキュートさが同居した稀有な女優---多岐川裕美

デビュー作「聖獣学園」で鮮烈なヌード。74年のことであった。その後も女優としてキャリアを重ねて、大河ドラマにも出演した。店長は大ファンで「聖獣学園」がリバイバル上映されると歓喜の雄たけびを上げ、映画館を探して3度も脚を運んだ。なぜなら当時はまだホームビデオはなく、録画の手段さえなかったからである。残念なことにヌードはこのデビュー作品だけであった。店長の記憶に誤りがなければ、多岐川裕美は東京都中野区の出身である。そして喫茶店でウエイトレスをしている時にスカウトされた。周囲が放っておかなかった美女の一人である。「美しくて、その上に可愛い顔立ちの女性って本当にいるんだ。東京は、なんてすばらしい都会なんだろう」と当時の店長は思ったものだ。時は流れる。残念だがそれが現実である。

誰もが納得、世紀の結婚---浅丘ルリ子と石坂浩二

石坂浩二が絶世の美女と結婚、世間が沸いた。美男・美女のカップル誕生は、云わば皇室フィーバーさながらであった。石坂浩二は粘り強く、しかも熱心に口説き続けたという。そして二世誕生という第二のフィーバーには残念ながら縁がなかった。誰よりがっかりしたのは、当人たちだったろう。何度も破局説が流され、そのたびに乗り越えていた。芸能界の「おしどり夫婦」の代名詞であった。それが、ついに「熟年離婚」してしまう。そして誰もが納得。浅丘ルリ子は、かつての大陸進出の国策「満州映画」に発掘された「お宝」であった。見出したのは、満州国の黒幕「甘粕正彦」であるそうな。時代は巡る。昭和が過ぎゆく、色鮮やかに。

心筋梗塞で無念の死去---安西マリア(享年60)

絶頂期の安西マリアは、エキゾチックな容姿で多くの男性を虜にした。アイドル歌手を脱皮し、TVドラマでも活躍していた。祖父がドイツ人で、彼女も英語が堪能であった。引退後にハワイに移住。元気で暮らしているとばかり思っていたが、店長もいささか驚いた。実母は認知症を発病、そして息子は知的障害があり自活できなかったという。まるで人生の前半に「運」を使い果たしてしまったかのようだ。彼女は、高校卒業後に銀座のクラブで働いていた。そしてその時にスカウトされた。19歳で歌手デビュー。いきなりビッグヒットを飛ばした。だが晩年の彼女は、母と息子のW介護に追われていたという。相当なストレスをため込んでいたのだろう。2014年3月15日その苦闘の生涯を閉じた。

自宅にファンが侵入、監禁される---岡田奈々の恐怖

この事件が起きたのは77年のことである。当時、岡田奈々は、ポッキーの初代のCMガールで清楚なイメージで人気があった。また人気ドラマ「俺たちの旅」では、中村雅俊と共演し評価が高かったのである。この事件の衝撃は大きく、家庭の防犯=セキュリティがより注目される契機になった。ストーカーという言葉の出現はもっと後のことである。熱心なファンだった友人は、事件後「犯され奈々」と自嘲気味に嘆いていた。

この時の岡田奈々は侵入した男によって手に怪我をし、出血があまりにも多く、逆に男が驚いて手を出さなかったとされている。だが真相は明らかにされなかった。とりあえず、無事でなによりであった。

人気アイドル恋の逃避行---木之内みどり

キュートな容姿で人気上昇中の「木之内みどり」が、作曲家「後藤次利氏」と不倫、共に海外に失踪したのは75年のことであった。当時「刑事犬カール」に出演、人気はうなぎのぼりであった。店長の友人は、自分の部屋に「木之内みどり」の等身大のポスターを貼り、毎日彼女の唇にキスをしていた。そのため、その唇の部分の印刷が劣化してしまった。彼女は、スレンダーで清純そうであった。それが大胆な行動に出たから、友人ならずとも世のファンは驚いたのである。その後、俳優竹中直人と結婚、現在に至っている。友人には黙っていたのだが、店長も好きなタイプであった。そして竹中直人も好きな俳優の一人である。

ボンドガールを射止めた幸運な女優---浜美枝

東急バスの車掌をしていた時スカウトされた。ただ本人には女優になる気などさらさらなかった。東宝は東急電鉄と話をつけ、半ば強引に退職させてしまう。周囲が放っておかないという典型例である。同い年には「星由里子」がいた。そしてこの二人が東宝を牽引していく。1960年代を通じて「浜美枝」はなくてはならない女優であった。特に、1967年公開の「007は二度死ぬ」にボンドガールとして抜擢され、国際的な名声を得た。当時の写真が残されている。今見ても、とてもチャーミングである。「東洋の神秘」感が漂っている。それに、水着姿は日本人離れしたスタイルの良さ。これは、絶世の美女と言われた「浅丘ルリ子」とも甲乙つけ難い。東宝を退社してからTVドラマや司会などで活躍した。時代が選んだ一人だったのだろう。なお、芸能界を引退した現在では、家族と箱根で幸せに暮らしている。

普通の子になりたかった---キャンディーズ

NHK出身の人気3人娘、キャンディーズ。食べてみたいくらいにカワイイとして命名されたという。センターを当初田中好子が務めたが、すぐに伊藤蘭に変わった。それを機に人気爆発した。店長の友人など「追っかけ」をやっていた。生写真を買わないか、と言っていた。「蘭ちゃんのが欲しい」と店長は答えていた。藤村美樹を筆頭に3人ともとてもキュートで、ステージ衣装のミニスカートがよく似合っていたものだ。コンサート中の突然の「解散宣言」に事務所側は大慌てになり、彼女たちと数回交渉した。そして半年後に「解散コンサート」が開催されることになる。

伊藤蘭のセリフ「私たち、普通の女の子に戻りたい」が当時流行語になった。伊藤蘭は中学から演劇部に所属し、将来は女優志望であったという。そして現在---水谷豊の奥様である。

ショーケン(萩原健一)を喰った男---水谷豊

水谷豊が自ら俳優で食べられると確信できたのが、「傷だらけの天使」で萩原健一と共演してからであった。それまでの水谷豊は、いつ役者をやめようか、とばかり考えていたのだ。「兄貴~」のセリフが一世を風靡した。同時にそれこそ「俳優・水谷豊」の誕生であった。店長は、このドラマが好きで、毎週欠かさず見ていた。カメラワークが当時では革新的で、映画のような撮り方であった。そして若者に長髪が流行っていたのも、この「萩原健一」を真似た人が多かったからだ、と店長は密かに思っている。当時のショーケンは、現在ではほとんど芸能界で見かけない、ちょっと悪ぶったイケメンであった。あえて挙げれば反町隆史ぐらいだろうか。また脇役の水谷豊であるが、今では「相棒」の杉下右京のイメージがすっかり定着してしまった。後に水谷豊の奥様になる「伊藤蘭」の出現はまだ先のことである。

昭和が流れる、ジュリー、ショーケンとともに。

レイプ魔になったギタリスト---「ヒステリックブルー」のナオキ

建造物侵入、強制わいせつ罪で04年3月に逮捕されたのは、赤松直樹(事件当時32歳)路上で「騒いだら殺す」とナイフで脅し、半年間で9人も強姦した。06年に懲役14年の判決が下されている。「音楽をやる男にはロクなやつはいない」といった意見が相次いだ。クスリは日常茶飯事、レイプも闇に消えた事件は少なくないと聞く。店長の友人にヤマハ・ポピュラー・コンテストでグランプリを獲得したが、プロにはならず普通に就職した人が二人いた。ギタリストとストーカーには気をつけよう。

病床のアメージングストーリーが悲しい---本田美奈子

実力派アイドルだった10代。その輝きのまま、ミュージカルに挑戦し続けた30代。そして夢なかばで癌を発病してしまう。さぞや無念であっただろう。舞台「ミス・サイゴン」では、その実力と魅力を存分に発輝した。彼女は、入院中にボイスレターを続けていた。そこには、早く回復して舞台に立つんだ、という並ならぬ意志があった。その中で唄われていた「アメージング・ストーリー」が、あまりにも悲しい。本田美奈子さん、安らかに。

「美人薄命」は、この女優のためにある言葉---夏目雅子

美人の命を奪ったのは、急性骨髄性白血病である。夏目雅子27歳であった。女優として順調にキャリアを積み、これからさらに円熟していくと期待されていた。不倫、結婚も経験し、すべてはこれからであった。夏目雅子を形容するとき、決まって使われる言葉がある。それは「透明感のある」というものだ。店長の私には意味が分からなかった。それが分かったのは、デビューしたころのCMを見る機会があったからである。邦人で初のカネボウ化粧品CMに起用された。それまで、外人モデルが定番であったのに。とうとう日本女性もこんな美しい顔と身体を手に入れたのか、と各方面で絶賛されていたのを思いだす。

「理由ある」事故死---赤木圭一郎

その痛ましい事故死を惜しむ声が多く、また、「理由なき反抗」のジェームス・ディーンのようだと、もっぱらの評判であった。

彼の死がなければ、「日活の斜陽」は10年先に延びたと云われる。カートの走行中に激突したのだが、ブレーキとアクセルを踏み違えたようである。

また、彼が生きていれば、ライバルの石原裕次郎はトップの座にあったかも疑わしい。あるいは、当時の女優で、日本が誇る絶世の美女とたたえられていた「浅丘ルリ子」と恋仲になって二世誕生となったかも知れない。と、店長は勝手に思う。それに赤木圭一郎、石原裕次郎、小林旭と3人で「日活3羽鴉」と呼ばれたに違いない。残念な事故であった。昔のカートは、何故かブレーキとアクセルがクルマと反対になっていたらしい。

「愛が終る理由」---二谷友理恵

二谷友理恵と郷ひろみの結婚生活は永続きしなかった。その理由を考えてみた。二谷友理恵の著書「愛される理由」は結構売れた本である。店長の私も読んだことがある。「おしどり夫婦」になろうかとも思われたふたりであったが、残念な結末を迎えることになる。郷ひろみ、店長の記憶が正しければ、本名「原武裕美」さんである。彼は、「郷ひろみ」になった時から「郷ひろみ」を演じ続けたのだ。二谷友理恵は、この演じられ続けている「郷ひろみ」と結婚したのかも知れない。私生活でも「素」の部分が欠落していたのではあるまいか。結婚では、時おり顔を見せる「素」の郷ひろみと向き合うことになる。それが、どんなギャップを産んでしまうか、ある程度の想象はできる。二谷友理恵は、しばしば当惑していたのではないかと思われるのだ。婚約発表の夜、TVドラマで二谷友理恵と共演していた石黒賢は、郷クンに友理恵さんをかっさらわれて、渋谷、六本木で飲み過ぎて悪酊いしたといわれる。

「17歳」でデビューした沖縄の16歳の少女---南沙織

今考えてみても、いい名を貰ったなと思う。沖縄出身を連想させる名前である。当時は、沖縄出身者はあまりいなかった。多少の色黒、そしてストレートの長い髪、それが魅力であった。たちまち人気歌手になり、小柳ルミ子と人気を二分するほどに。やがて写真家の篠山紀信に見染められ結婚・引退することになる。そして、彼女はステージ衣装を片づけようとした。するとそれらが、急に色あせて見えるようになった。彼女は思った、まるで「チンドン屋」みたい。こっけいであった。「今まで自分は何をやっていたのだろう」アイドル歌手ですごした10代の青春時代、何か大事なものを忘れてきたような気がした。忙しくて自分の時間はなかったのだ。たぶん、そのような感想を抱くことのできるアイドルなら、第二の人生を力強く生きていけるのだろう。誰の人生にも、「無駄なもの」は一切無いものである。必要だからこそ、体験する。魂が求めているからだ。

「瀬戸の花嫁」になれなかった---小柳ルミ子

彼女が選んだ理想の男性が「大澄賢也」であった。彼は無名に近いダンサーであった。早い話、小柳ルミ子によって世に出ることとなった。だから、いつまでたっても「小柳ルミ子の夫」と云われてしまう。大澄賢也に注がれた世間の目、それは決して好意的なものではなかった。妬む輩が多かったのである。「小柳ルミ子の夫」それは嬉しい反面、それほど愉快なことではなかった。一方、小柳ルミ子は大澄賢也を隷従させようとした。彼が力をつけて自分の手の内から翔び立ってしまうことが怖かった。このような心理的対立が、やがて不幸を招いてしまう。これで健全な夫婦でいられるとしたら、それこそ奇跡である。結局、もめた末に離婚が成立してしまった。小柳ルミ子は毎年「今年は子作り」などと発言していた。昭和の実力派歌手として君臨し、欲しいものはたいてい手に入れてきた。もともとプロポーションは良かったが、それが鍛え抜かれてさらに磨きがかけられた。そして、望むことは「二世誕生」だけであった。しかしながら、そこに大澄賢也の意志が入りこむ余地はなかった。小柳ルミ子は、つまり「花嫁」にはなれなかったのである。

最後のステージ・ママ---宮沢りえの母

ヌード写真集が150万部を売り上げた92年、こちらも国民的人気を誇った角界のプリンス「貴花田」とその「宮沢りえ」は突然婚約を発表、ニュースになり世間が騒然となった。だがニュースに苦虫を噛みつぶした人物がいたのである。そう、宮沢りえの母親である。この母親は娘を支配下に置いていた。そして芸能界で、りえは今後もさらに活躍できると踏んでいたのだ。だから、どうにもやりきれなかった。引退させるわけにはいかない。つまり「おかみさん」にはなれないと花田家には伝えていた。これでは貴花田のお嫁さんになることなど不可能であった。そして2か月後、2人は婚約を解消したのである。しかし、ショックのあまり宮沢りえは摂食障害に陥る。この修羅場を乗りきった彼女は女優として見事に花開いたのである。その人にとって必要になることだからこそ、その問題が起きるのだ。そして、解決できない問題は自分には起きない。そう思っていれば、誰でも人生を力強く生きていける。

この人を超えるアイドルは出現しない---岡崎友紀

昭和芸能史にその名を刻む永遠のアイドルと言えばこの人、「岡崎友紀」である。おそらくこの人を超えるアイドルなどいないだろう。それぐらい絶大な人気を誇ったのだ。だが結婚を機に惜しまれつつも引退した。そのお相手は、あのSONYの創業者盛田昭夫氏の御子息であった。世間は、この玉の輿結婚に驚きを隠せなかった。盛田家は、もともと江戸時代から続く造り酒屋で裕福な家であった。案の定、その結婚は長くは続かなかった。だが、岡崎友紀は多額の手切れ金を手にしたとされる。「盛田家は、岡崎友紀から息子を買い戻した」と悪口をいわれたものである。どちらにせよ、店長とは縁のない話である。私の友人など、岡崎友紀が結婚してしまったと騒いでいた。

女子大生タレントの草分的存在---川島なお美

彼女は、青山学院生であった。当事では珍しい大学生タレントで、キュートな顔立ちが人目を引いたものである。店長の私は大ファンで、舞台まで観に出かけたほど。ファンをやめたのは、彼女がヌード写真集を出したからである。実は、そのヌードこそ彼女の一大勝負であった。女優としてキャリアを積んでいく上で必要なもの、それは「女子大生アイドル」という世間に拡がっていたイメージからの脱却であった。これは見事に当たった。直後に映画など出演依頼が増えたのである。そして演技の幅が広がる。「ヌード写真集」のこれほどの成功例はないといえる。その後の川島なお美は妖艶な女優へと成長していった。昭和が遠去かる---青春時代とともに。

男が決断するとき---「志村けんの場合」

若き日の志村けんは、芸人を夢見ていた。そして当時絶大な人気があった怪物番組「8時だよ、全員集合!」に出ることを考えた。そのためには「ザ・ドリフターズ」に加入する必要があった。決心した彼は「いかりや長介」の自宅にアポもないまま押しかける。会ってくれるまで、いつまでも粘る覚悟であった。家に入れてくれるまで徹夜覚悟で軒先で待ち続けていた。こうして、志村けんは「ザ・ドリフターズ」の人気絶頂期に新メンバーとして加入を果したのであった。もちろん当初はまだ見習いで、「タレントの付け人」扱いであった。だが、彼のその後の活躍はどなたもご存知の通りである。決してあきらめないこと。それが夢実現の第1歩である。

孤独死の深い闇---飯島愛

07年にナベプロを退社。引退していた。どうも円満ではなかったようである。「飯島愛」の芸名使用禁止、メディアへの露出禁止などを命じられていたらしい。がんじがらめではないか。生きる権利さえ奪われた、と見るのが正解かとも思えてくるほどである。未だに消えない自殺説。店長はAV時代の頃からのファンであった。愛らしい顔にダイナマイト・ボディ。「Tバックの女王」と言われていたのだ。いまやなつかしい。

事務所を敵に回しては、タレントは生きていけない。

悲しい、プロ野球選手との恋---謎の跳び降り自殺

当時はまだ市民権を確立していなかった、「グラビア・アイドル」の草分的存在であった。彼女の名は「可愛かずみ」いやーなつかしい。

人気絶頂期に投身自殺した。交際していたヤクルト・スワローズの川崎憲次郎と破局したのが原因とされる。しかし、自殺の2カ月後には、別の実業家の男性と結婚する予定だったという。謎といわれるゆえんである。

被害者は----キムタク

キムタク主演の「ギフト」フジテレビで放映されたドラマである。97年4月16日から6月25日。途中で打ち切りとなってしまう。

放送自肅の理由は、栃木で起きた女性教師殺人事件であった。犯人が「キムタクがドラマで使ったのを見て」と自供したからである。当時キムタクの影響力は絶大であった。局もその影響に驚き、打ち切りを決めたのである。キムタクは、「運び屋」を好演していただけに残念な終わり方であった。

誰が抹消したのか---北野誠

口は災の元とはよく云ったものである。ただし、ラジオ番組「誠のサイキック青年団」の売りが彼の毒舌であった。多少の行き過ぎはあったろう。噂にすぎないが、創価学会の怒りを買ったせいだとも。真相は不明である。彼が学会芸人をたびたび批判していたのは事実である。北野誠は事務所から1年の謹慎を命じられている。それから、どうなったのか。いくら番組であっても、余計なことはいわないことである。

「スター誕生」---昭和の風物詩

山口百恵がその代表である、日テレ系「スター誕生」79年にスカウトされ、ポスト山口百恵とまでいわれたアイドルが、「甲斐智枝美」である。

その後90年に結婚を機に引退する。06年7月自殺。長男が発見した。理由がはっきりとしないが、ホリプロへの復帰を望んでいたらしい。華やかな芸能界に未練があったのだろう。ところで「スター誕生」だが、審査員を務めていた作詞家の阿久悠が「スカートを少し持ちあげてみてください」などと要求していた。応募者の女の子の脚線美を見るためであった。店長が子どものころである。「なんて羨ましい仕事だろう」と思ったものである。それはともかく、甲斐智枝美さん、やすらかに。

17歳で自殺---今ならたいていイジメだが

80年代のトップアイドルの死といえば、岡田有希子である。同じ86年に、彼女から1カ月後に1人のアイドルがマンションから飛び降りた。

遠藤康子さんである。歌手デビュー予定であった。動機は事務所から恋愛を反対されたこととされる。「ママ、ごめんね」の遺書が悲しい。

当事の世間では、アイドルの恋愛はタブーであった。必ず2者択一を迫られたものだ。岡田有希子さんも同じである。同情する。

昭和の怪物デュオ---ピンク・レディ

当初、事務所では、違う路線を考えていた。静岡の出身であったので、「茶摘み娘」として売り出そうとした。お色気などミジンもなかったのだ。これに反対したのが、都倉俊一と阿久悠である。「それでは決して成功しない。それなら、プロジェクトから外してもらいたい」

やがて、「ペッパー警部」というデビュー曲が決まる。このふたりの意見が採り入れられたのであった。「お色気を前面に出す」ふたりが錬った戦略である。ところが、意に反する事態が起きてしまった。なんと、小学生から人気に火が付いたのである。それが「ピンクレディ・キッズ」といわれた。彼女たちの振り付けが、特に小学生を虜にしたのである。

昭和は過ぎゆく、色鮮やかに。

昭和芸能史---合同結婚式---世間が驚いた宗教の広告搭

人気アイドル桜田淳子が、統一教会の合同結婚式に参加。お相手は、一方的に、教祖によって決められるということであった。また、この団体は「霊感商法」によって高価な壺などを買わせることが社会問題になっていた。世間に非難されながらも、彼女は結婚式が行なわれる教団本部がある韓国へと渡った。その後、桜田淳子はTVから姿を消してしまった。当時は、現在のように非婚・晚婚の時代ではなかった。いくら信じているといっても、結婚相手を自分で決められない、そんな教えがあるだろうか。だが、追随者も多くこちらも社会問題となった。いま、彼女はどうしているのだろう。まあ、どうでもいいか。昭和は遠ざかる、色鮮やかに---

宮内庁で天皇ファミリーあての手紙を渡したい--山本太郎にはお手本があった

事件は03年のことであった。皇居にタクシーで乗り付け宮内庁に「紀宮さまは私の妹、お会いして手紙を渡したい」と1時間もダダをこねた。もちろん、願いが叶うことはなかった。彼女は、この件がきっかけでTV界から追放されてしまった。その人は誰?

元祖プッツン女優「藤谷美和子」である。けっこう人気があった。店長は、藤谷美和子のファンであった、昔のことである。だが、われわれ常識人にはその思考回路がとうてい理解できない。その点では「山本太郎」の方が単純である。原発を止めたい、というごく単純な発想だ。もちろん、こちらも願いが叶うことはなかった。その後、どちらも活躍を聞かない。

利用された?広告搭、倉田まり子

すでに懐かしい、昭和のNO.1アイドル、倉田まり子である。店長の私も大ファンであった。人気絶頂期に詐欺事件に巻き込まれ、引退してしまった。彼女も被害者のひとりだといえる。「投資ジャーナル事件」折しも財テクブーム時代、バブルを予感させる事件ではあった。なお、彼女は現在就職カウンセラーとして活躍しているらしい。頭の良い娘だったのであろう。もう昔のことだが、店長の友人の奥さんが倉田まり子似で、いつも羨やましく思っていたものだ。キュートだったなあ、どちらも。

生い立ち不幸が犯罪人にする---公式があるわけではない

豊川誕、引退後の転落人生。まるで予定調和であった。ジャニーズ所属の豊川は70年代に活躍した歌手であった。公園に捨てられていた孤児で、養護施設で育つ。その異色の経歴は、彼のデビューに役に立ったのだ。そのことに、何ら恥じることはない。りっぱに生きている人は少くない。

だが芸能界引退後は、カード詐疑、覚せい剤、公務執行防害と絵にしたように犯行を重ねてしまった。そもそもジャニーズに問題があるのか、それとも、単に人数が多いだけなのか。世間を沸かせる人が多いのも事実である。

生い立ち不幸---世間が知ることになった「組長の娘」

覚せい剤事件、酒井法子。09年8月に逮捕された。裁判の傍聴には、過去最高330倍の倍率を記録している。美人は得である。店長の私もファンであった。逮捕がきっかけで、さまざまな彼女のバック・グラウンドが明るみになってしまった。実母から捨てられたこと。父親がやくざ者であること。デビューにはその圧力があったこと。父親がなぞの自動車事故で死んでいること。「のりぴー」キャラは、サン・ミュージックの当時の専務が考えていたらしいこと。高相と結婚していなければ、まだトップアイドルとして活躍しているかもしれない。なにしろ強力なタニマチがいるのだから。芸能界と芸能事務所は、裏社会とどうも繋がっているらしい。それは、「美空ひばり」の頃からそうであったという。しかし、復帰は無理ではあるまいか。その理由は彼女の年齢である。女優として非凡だっただけに、その挫折は悔やまれる。

トップアイドル同志の恋愛---何がいけなかった?

近藤真彦と中森明菜の恋愛破局。明菜は近藤の家でリストカットした。この頃では、やっと世間がアイドルの恋愛に理解を示すようになっていた。所属事務所も、これらのうわさを否定しなくなってきていた。89年になり結婚も秒読みか、と1部では囁かれていた。折しも、自殺未遂さわぎが起きた。場所は近藤宅である。自殺を図ったのは明菜であった。近藤の部屋が血で染まった。明菜は一命を取り留めたが、1年の活動中止を余儀なくされた。結局、現在に至るも、ふたりが結ばれることはなかったのである。今後も、真相がふたりから語られることは、おそらくないだろう。個人的な事だからである。このさわぎから、アイドルの恋愛はタブーではなくなってきたのも確かである。

いい曲をありがとう---加藤和彦氏(享年62)

晩年は音楽プロデユーサーであった。フォークソング時代を常にリードしてきたが、うつ病に罹り「消えたい」が口ぐせに。その誘惑から逃れることはできなかった。09年10月16日軽井沢のホテルで自から人生の幕を引いてしまった。目標と希望を欠いては、何びとも生きていくことはできないのだ。努力することに人生がある。そのこと以外に人が救われる道はない。この事件も、多くの問題を世間に投げかけたのである。「あのすばらしい愛をもう1度」残念だが、やすらかに。

失恋レストラン、清水健太郎---人生に失恋した男

あの当時は、待望の大型新人の予感がした。でもそれだけであった。チンピラは、チンピラのままでほぼTVから追放された。デビュー前に事故で女性を死なせていた。歌手の新人賞とは、なんとありがたいことだったか。それまでのやんちゃなふるまいをすべて洗い流してくれたからである。「オヤジ、やったあ!」は当時の名言として語り継がれたものだ。しかし、幸運はここまで。ヒットしたのは「失恋レストラン」ただ1曲のみであった。新人歌手時代、店長の私は清水のファンであった。なにしろ、かっこ良かったのだ。その後はヒット曲に恵まれず、清水はあせりから薬物に依存し、抜けだせなくなってしまう。転落人生の始まりであった。本当に残念に思う。歌手生活を全うして欲しかった。才能があっただけに残念である。

隠したい実の父親---前科3犯

父親が何様であろうが、本人に罪はない。だが、人気俳優となるとそうもいかない。中傷などが尾ひれを付けて泳ぎ回る。

TOKIOの城島茂である。約8500万円を騙し取った手形詐欺事件をはじめ、3度も服役しているのだ。これでは父親を隠したくなるというもの。

かといって、取り変えるわけにもいかない。バカ親を反面教師としてマジメに生きてほしい。

MDMA---押尾学、まだ憶えていますか?

元俳優(発覚当時34歳)、09年8月マンションの1室で合成麻薬を使用、ホステスが意識不明になり、死なせてしまった。放置しなければ、あるいは助かったかもしれない。怖くなって逃げたのが本当らしく、世間から非難された。復帰を望んでいたが、おそらく無理だろう。2年6カ月の実刑が確定した。直後に矢田亜希子とは離婚した。問題児だったらしく、「チンピラ」と陰口を叩かれていたらしい。世間をナメていたとしか思えない。

元プロ野球選手の父親のはずが---行方知れず

杉浦太陽の父は、元プロ野球選手。だが、筋金入りのワルである。マル暴を野球ならぬ「手球」に取った。やくざのフロントと警察からは認知されているほどである。だが、行方は分からない。消されているという噂がある。父親が何様であろうが、杉浦太陽自身とは無関系である。心ない中傷など気にせずに頑張ってほしい。

戸川純の狂言自殺---実妹の自殺を生む

このように書くと本当に連鎖自殺のように思えてくる。実は7年のタイム・ラグがあるのだ。そして、実際に妹は死んでしまったのだ。この事件も世間に衝擊を与えた。戸川純は、事務所とのトラブルが原因で自棄をおこし、首に刃物をあててしまった。一命を取り留めたのだが、壁に描かれた血文字が話題になった。「皆、憎い」--おおー怖い。やがて、副作用を生んでしまう。そう、妹の戸川京子が実際に自殺してしまった。

極楽トンボ「山本圭一」---夜のバットは快打連発

函館で淫行に及び、事務所を解雇された。06年7月16日のことである。復帰のメドは立たず、萩本欣一率いる野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」は活動継続を断念した。波紋は山本の予想を超えていた。少女たちとは和解が成立しているが、山本は昇天したまま、レッドカードとなってしまった。

ネットで自殺をほのめかす---はたして本意だったのか

ネット上で心ないファンとのやりとりが話題になっていた。麻生美由樹さん、AV女優。享年20歳、早すぎる死であった。08年4月18日、自宅の風呂場で硫化水素による死であった。「自殺する」と、ファンに対する挑戦状のような書き込みが残されていた。原因はよく分っていない。店長は、今後の活躍を期待していたのだが、残念である。どんなことに悩んでいたのかも分っていないのだ。AV出身でも飯島愛のように活躍できたのに。

芸能界77年大麻汚染事件---大量検挙

すでに歴史の中に埋もれてしまった。ジャズ喫茶経営者が大麻取締法違反で逮捕され、芸能人が多数逮捕された事件があった。まさに芋ズル式、世間が大騒ぎしたものだ。桑名正博(享年59)もそのひとり。大阪の大金持ちのせがれとして生まれ、その人生はやんちゃざんまい。「セクシーバイオレット」というビッグヒットを飛ばしたが、アンルイスと離婚してからパッとせず、家業を継いで社長をやっていた。痛快な人生を生きたといえる。店長はいつもうらまやしく思っていた。大阪御堂筋で音楽葬パレードが行われた。桑名正博さん、やすらかに。

本当に自作?ゴーストがいる?---人気モデル「押切もえ」

店長の好きなモデルのひとりである。脚線の美しさは特筆もの。森高千里以来の衝撃であった。で、彼女が「こころの言葉」という本を出している。知性派を前面に出しているようであるが、いささか無理のようだ。キレ味は美しい脚ほどではない。どこかで聞いたようなプラス言葉のオンパレード。グラビアが多いのは納得できるが、説教ポエムが大盛りなのはどうかと思う。読者はだれも、彼女の知性に期待をしていないのだが。

よくあるタレント本。買う人がいるのが不思議である。

ハメ撮り写真がまさかの流出---1時国外へ、香港エディソン・チャン

大きな話題になったこの事件。パソコン修理業者が画像を流出させた。そして9人が逮捕されている。驚いたのは女性の多さで、有名女優から金持ちの娘まで7人以上。エディソン・チャンは、香港芸能界を永久に去ると云っていたが、復帰してしまった。このあたり、日本でも同じようなものか。

芸能人ならぬ身の上を残念に思う店長であった。寂しい---悔しいです。

つきまとう不幸---小松千春

店長が江戸川区に住んでいた頃、JR新小岩の駅前でたびたび見かけていた。その美人女優「小松千春」第16代旭化成水着キャンギャルである。

女優として、着実にキャリアを積んでいたが、96年に体調不良で活動を中止した。その後、結婚&離婚。息子が病死と不幸が続いてしまった。

覚悟のヘアヌードをひっさげ復帰したが、09年パセドー病であることを告白している。がんばって下さい。そして幸せをつかんで欲しい。

どうしてグレたのか、芸能界から追放---後藤真希の弟、ユウキ

同じ頃、母親が江戸川区の自宅マンションから転落死している。自殺ではないかと、噂されている。この弟であるが、07年10月現場から銅線80束を盗み逮捕された。02年には引退しているが、クビになったと云うべきか。ドタキャンはする。未成年でキャバクラに通うなど、素行不良が治まらなかった。

人気歌手になった姉へのあてつけなのか。さらに公判中に別の現場へ盗みに入り警備員を殴打した。そして懲役5年の判決を受けている。

店長の私も江戸川区に住んでいたので、この地区には名染みがある。下町で風情があり住みやすいところである。

山田かつてない失言---山田邦子の本質

人気絶頂期に暴言、番組を降ろされてしまう。テレビレポーターに「おまえ、もてねーだろう」「おまえら バカか」とキレてしまったのだ。

それは、不倫報道の直後であった。「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」が打ち切られ、見事に露出が減少してしまった。芸人らしく、さらりと受け流してしまえば良かったのに。惜しいことをした。彼女をテレビで見かけなくなって久しい。

勇気をくれた唄---ZARD 坂井泉水さん突然の転落死

当時入院中であった慶大病院での不幸な転落事故。だが、根強い自殺説。スッキリとした説明がされないままで終ってしまった。前日まで創作ノートに歌詞を書いていたとも云われるが、前途を悲観したと見るのが自然である。06年6月に子宮頸がんの手術を受けている。その後、子宮を全摘出したものの、07年3月肺への転移が認められた。その時の絶望感たるや想像もできないが、がんには「負けないで」欲しかった。彼女の歌に元気をもらったのはアスリートだけではなかった。多くのファンもそうであった。残念でならない。やすらかに。

自殺は家業?---沖田浩之(享年36)

元アイドル、俳優。原宿「竹の子族」出身である。デビュー前から名前は知られていたが、81年に歌手デビューするやビッグヒット。その後、順調にドラマ、舞台で活躍していた。99年ドラマ「サラリーマン金太郎」では悪役を好演。しかし放送終了後の3月27日、自宅で首吊り。その動機は仕事の減少とも言われているが、はっきりとはしていない。そこで驚くのは、彼の兄、父親さらに祖父も自殺していることである。3世代続く不幸の連鎖である。この事件も世間に衝撃を与えた。

巨額なサギ被害---なんと4億円も? 辺見マリ

西郷輝彦との離婚がきっかけ?生活不安や孤独感が増す中で、「拝み屋」と知り合う。そして13年に渡り洗脳される。貢いだお金---全財産。

発覚したのは2003年4月のことである。この時の借金返済のために自宅を売却するも、それでも足りずヌード写真集まで出すハメに。まことにお気の毒というほかない。

芸能界には、特定の宗教に嵌り、その教団の会員である人は多い。そのことで、仕事も左右されるという。たとえばNHKの大河ドラマ。主演を射止めるのは、決まってあの教団の会員である。だが、この「拝み屋」はいけない。まして、有り金すべて貢いでしまう。心を奪われてしまうのは善行ではない。

店長の私は、かつて「拝み屋」ならぬ「キャバ嬢」にハマった過去がある。お恥かしい限りだ。

甘いマスク---往年のイケメン俳優、田宮二郎

ドラマ「白い巨塔」財前五郎役を演じ、人気を不動のものにした。ところがその最中に猟銃自殺を遂げた。78年12月28日の深夜のことであった。享年43歳。その当日、「白い巨塔」の視聴率は34.1%を記録したという。副業に失敗、多額の借金が原因とされた。映画会社「大映」とのトラブル、一時映画界から追放されるも復活した。それほどのド根生がありながら、鬱病には勝てなかった。「名俳優の突然の死を悼む」という活字がスポーツ紙を飾っていた。

私が干された理由---若槻千夏

芸能事務所移藉問題がこじれ、追放になった。以後テレビ出演なし。突然のブログ閉鎖。本人もいつのまにやら消えてしまった。

これは「加勢大周」のケースと似ている。母親が娘の人気を過信して事務所を設立、移籍問題に発展した。そもそも育ての親(前社長)を袖にして成功できるはずもないだろう。親馬鹿にもほどがあるというもの。しかし、と店長は思うのだ。しょせんバラエティアイドルにすぎなかったのだと。独立すべきではなかった。

両親がワル---でも逞しい。何だろう、つい応援したくなる。

観月ありさ。芸歴は長い、13歳ごろからテレビ出演している。店長は、その当時のファンであった。父親が賭博容疑で逮捕。母親は覚せい剤でこれまた逮捕されている。00年に逮捕された母親はクスリ漬けの毎日であった。13歳年下の愛人と不倫しており、薬物セックスに溺れていた。セックス依存症なのか、または頭がいかれているのか、とんでもない母親である。彼女は、よほど肝がすわっているのだろう。こんな両親がいても第1線で健気に頑張っている。店長は、頭が下がる思いだ。そういえば、その中学生のころから長身で、「背が伸びるのが悩み」と人がうらやむ発言をしていた。また「働く中学生」とも。これからもめげることなく活躍して欲しい。

ほとんど、美容オタク---むしろ体調が心配

この偏執狂的こだわりはいったい何だろう。釈由美子である。その顔の変遷が話題になるが、真疑のほどは不明だ。

毎日、朝晚は念入りストレッチ。週2,3回ジムで加圧トレ。自宅でヨガ・ピラティス。半身浴を1時間して全身パック。食事は野菜中心でレシピにも拘わる。いったい、いつ寝るの?いつ仕事しているの?まあ、美しい彼女を見るのも悪くはないと思うのだが。はっきりしていることは、老いは待ってくれないということである。もし、あくなき美への追求がやがて直面するだろう「老い」に対しての「怖れ」であれば、やっかいな心の病気である。そのままでも魅力的なのに。とファンの店長は思うのだ。

巨額の財産分与---つばさイズム

益若つばさ。カリスマ読者モデルとして大ブレイクした。経済効課100億円という。雑誌に載り始めたのが高校生のころ。級友からは悪口も云われた。前夫も読者モデル出身であった。だが、仕事はほとんどなく、まるでヒモ状態。それならばと家の仕事を任せると、すぐに倦きてしまう。目を離すとゲームをやっている。つばさが持ち帰ったせっかくのテレビの仕事は、セリフも覚えることができない。ついに離婚となってしまった。2013年のことである。前夫は芸能界を引退した。その後も益若つばさは活躍している。モデルデビューした頃は、安いギャラだったそうである。

なぜ?---理解できない突然死

シンガーソングライター、古いかなこの表現。尾崎豊(亨年26)10代の教祖と呼ばれ若者に絶大な人気があった。87年12月覚せい剤で逮捕される。その後92年に近所の軒先で全裸死体で発見された。死因は肺水腫とされたが外傷が多く殺された可能性があるとして、当時大さわぎになった。

音楽に薬物は付きものだが、常人には理解できない。一般に創作には鋭い感性が必要とされる。7曲8曲目ともなると薬物に頼ってしまう。それも無理からぬ話なのだろう。だが、もう少し生きて名曲を産み出してほしかったと思う。尾崎豊の声は良かったなあ。

不可解なダイブ---薬物疑惑

窪塚洋介、自宅マンション9階からダイブし一時重体に。奇行を繰返していたが最後にダイブ、世間を唖然とさせた。2004年6月のことであった。

こちらも真相は分からない。まともな話ではない。薬物使用は事実かもしれない。その後、テレビで見かけなくなった。

溺愛が育てる不良---木村一八

人気芸人、木村やすし(故人・コンビ名は、やすしきよし)のバカ息子である。事件後に、西川のりおがこんな事を言っていた。「ダメ人間にするには、こんな育て方をするとよい。その見本のようだ」そう、やすしは、一八を溺愛していた。幼い頃から何でも買い与え、甘やかし放題。しつけというものがまるでできなかったという。周囲も心配していたそうだ。そしてタクシー運転手に暴行、脳挫傷の重傷を負わせた。一八は少年院送りになり、吉本は彼を解雇した。88年11月のことであった。

この記事は「詐欺犯罪について学習しよう」に掲載したものです。

擬似通貨--円天詐欺事件--ペニオクよりひどい巨額詐欺  

歌手の細川たかしが広告塔を務めていた「円天詐欺事件」細川たかしは、円天主催の歌謡ショーに出演して、なんと6億円以上の出演料を手にしていたそうである。また、関係する芸能人は22名にのぼる。細川たかしには別の疑惑も浮上していた。それが、他の歌手を紹介し、紹介料をピンはねしていたらしいのだ。その後、この詐欺事件が明るみになったころ、彼はTV出演の機会がほとんどなくなった。

この「円天」という疑似通貨は「本物の円」と等価交換されるという触れ込みであった。もちろん、それは実行されていない。出資者のほとんどは、大切な出資金を失ったのである。

詐欺事件には一般的に見られるのだが、「欲の皮が突っ張った人」は騙されるということである。

この記事も同様に「詐欺犯罪について学習しよう」に掲載したものです。

芸能人が詐欺師の片棒をかついで被害拡大---ペニーオークション詐欺事件

俗にペニオク事件ともいう。関係者が逮捕されたのは、2012年12月のことである。まだ、記憶に新しい。

仕組みはこうである。実にうまく出来ている。詐欺事件は、ほとんどそうだが。

このペニオクサイトで入札に参加する。

最初は、高額商品0円などでスタートするのだ。価格は1円から15円の入札単位でせりあがっていき、入札するごとに、サイト運営業者に支払をする。だが、何度入札を繰り返しても、架空会員が自動入札するので、落札されない。

全部の商品が囮ではない。正しいオークションも用意されていた。全製品の1.2%は、低額で落札可能になていた。

会員数10万人と偽っていたが、ほとんどは架空会員であった。そして、正規の参加者が支払った額は6,000万円にのぼった。

吉川ひなの---幸せな再婚のはず---

最初の結婚の時には、店長の私はショックであった。大ファンであったのだ。その結婚は破局してしまった。

「性」のサイズ不一致だと噂された。現在の夫は、逮捕歴のある元暴走族だという。ベッドテクの持ち主でかなりイケメンらしい。しかし、結婚相手を顔で選ぶな、ということだろう。かつてのファンとしては、幸せになってほしいと思う。

止まらぬ薬物汚染---芸能界の深い闇

押尾学、酒井法子だけではない。これだけで芸能プロができるほど。99年、内偵中に自宅から覚せい剤が見つかり現行犯逮捕されたのが、槇原敬之である。「世界にひとつだけの花」というメガヒットがあるが、私はそのネガティブな歌詞を好きになれない。その後カムバックを遂げたが、ホモであることを表明している。

もちろん、すべての唄がきらいではない。ネガティブ思考が嫌いなだけである。ホモは理解できない。

堕ちた偶象---グループアイドルの草分け「フォーリーブス」今や昭和史の1ページに

昭和史を飾ったこのスーパースターたちも年老いた。だが、老いるのは罪ではない。老いに勝つ人などいない。薬物に溺れるのが罪なのである。メンバーは4人である。その内の二人が逮捕されている。過去の栄光もどこへ、破廉恥な事件を引き越こしている。「江木俊夫」99年に知り合いの女性に覚せい剤入りの酒を飲ませて乱暴しようとして、スナック店主と共に逮捕されている。もう1人は「北公次(故人)」75年から覚せい剤を常用。ジャニーズ事務所のジャニー喜多川の「愛人」であったという。ファンが気の毒ではないか。もう、どうでもいいか。しかし、「ジャニーズ事務所」は現在、強大な勢力を保っている。「SMAP」や「嵐」には、そんな人生を歩んで欲しくないものだ。

この究極の肉親トラブル---スキャンダル、なんでここまで

ところで、「爆報フライデー」が人気である。どうも人はテレビで知っている他人の不幸に興味があるようなのだ。

さて、グラビアアイドル出身の「乙葉」である。芸人「藤井隆」とおしどり夫婦だ。店長もグラドル時代にはファンであったのだ。

このスキャンダルはどうだろう。04年5月実の父が自殺、その5年後に従兄弟が飛び降り自殺、その従兄弟は妻の母親を絞殺している。CMでは、幸せそうな笑顔から想像もできない。どうか、その笑顔で幸せになってください。一ファンの願いです。

おバカタレント---男を見る目もおバカだった?

スザンヌが離婚した。誰もが思っていても口にはしなかった。「あの夫では続かないよ」と。彼女の前夫であるが、ソフトバンクホークスの元エースピッチャーであった。それだけを聞けばスゴイ!となるのだが、この夫、女性の過去が鮮やかすぎるのだ。金で黙らせた話など掃いて捨てるほど。ピッチングと同じように、女性の下半身をストレートでぐいぐい攻めたという。そして、スザンヌとはバツイチで結婚したが、大方の予想どうり続かなかった。

やっぱり事件に---元モー娘。

加護亜依、覚えていますか。こちらも未成年で喫煙。事務所を解雇された。そのせいで、リストカットに及ぶ。薬物中毒でもあったらしい。さらに、今度は夫からのDV(家庭内暴力)である。どちらがワルいのだろう。

すこしは、「マーシー」になってくれよ

田代まさし---麻薬に手をだし破廉恥な犯罪をくりかえす。和田アキコも非難していた。「絶対に芸能界にもどしてはダメ」

なお、マーシーとは田代の呼び名である。再逮捕されたとき、人相がすっかり変っていた。「くすり」と「のぞき」がいきがい、それがすっかり人相を変えてしまった。才能があっただけに惜しまれる。

音信不通であった父親が突然名乗り出る---有りがちな話だ

「倉木麻衣」がブレイクした00年突然名乗り出た。さらに麻衣幼少期のビデオを勝手に売り出すなど迷惑千万。「困ったダメおやじ」である。さんざん倉木麻衣の足を引っ張った。いまはどうしているのか。気にはなる。

これは、人気爆発した直後に突如出現した、「山口百恵」の別離した父親と同じである。「山口百恵」の場合には、父親に金銭を渡して解決している。

すべてが謎---牧野田彩(享年30)投身自殺

かつて「モーニング娘」を生みだしたオーディション番組が人気だった。「ASAYAN」という。

これは、番組発足時の「浅草橋ヤング洋品館」を縮小したものである。そしてデビューしたのが「牧野田彩」である。しかし彼女が仲間入りしたユニットは、長くは続かなかった。彼女の両親は離婚しており、母親は入院していた。そのため、AV界に転身した。そして10年10月23日自宅マンションから転落死。自殺と判断された。だがこれには謎も多い。殺害されたのでは?というデマがネット上を一人歩きしている。さらに、彼女はジャニーズ系人気ユニットメンバー複数男子と肉体関係があったと噂されている。真偽は定かではない。そういう事情から、実は消されたのだという噂が亡霊のように彷徨っている。

ともあれ、ご冥福を祈ります。

素晴らしいヌード---女優高岡早紀

おっぱいの奇麗な女優は珍しくはないだろう。だが、スクリーンで観るかぎりこの女優は豊かでしかも格段に美しい。

その高岡早紀であるが、離婚してから不運が続いている。美人女優の不倫は仕方ないとして、元夫として割り切れるものではないだろう。その後の展開であるが、12年3月、高岡早紀の内縁の夫が経営する「怪しい水」の会社「バニラポット」が経営破たん。高岡早紀は事実婚を解消した。出資金はその内縁の夫が持ち逃げしたという。高岡早紀はこの会社の広告塔をしていた。

そのおかげで、我々ファンは高岡早紀のヌードを観ることができるのだ。悲しき美乳である。

風俗店でアルバイト---バレて事務所から解雇

それにしても何故発覚したのだろう。事務所関係者がその顧客だったとか。まさかそれはないか。

12年9月、アイドルグループ「D-STYLE」のメンバーだった「春野こころ」が解雇された。

なんでも本厚木にあるピンサロ「マイブーム」で性的なサービスを行っていたという。アイドル乱造の時代にあって生活苦からバイトをするのは分かるが、風俗店はNGだろう。キャバクラでもイメージは悪い。

母親が叔父さんに殺害される---ショッキングな事件

安室奈美恵、最近では歌手としてだけでなく雑誌モデルとしての露出が多い。そしてご記憶だろうか。最愛の母親が殺害された。この近親による惨殺事件には、スポーツ新聞がこぞって沸騰した。あまりにも凄惨で謎が多く、真相や動機が分からない。犯人の叔父は、犯行後に服毒自殺しているからである。クルマで2度も轢き、動けなくなった母・奈美子さんをナタで滅多打ちにして殺害、あまりにも残酷だった。三角関係などの噂が飛び交ったが真実は闇の中だ。出産復帰後の大事な時期でもあった。影響も懸念されたが、その後の活躍をみても事件の後遺症など感じられない。

バラエティ番組で人気---悪事を告白して活動自粛

あびる優---デビュー前の集団窃盗をカミング・アウトした。平成5年放映の日テレ系「カミング・アウト」番組内でのおバカ発言。「そのお店、つぶれちゃったんです」これには視聴者から抗議殺到。活動自粛とあいなった。なおその後は元気に復活。そして、少し前に「実の母の美貌ぶり」がネットで話題を集めていた。美人はトクである。おかあさんを紹介して!

嘘の釈明記者会見---番組降板「麻木久仁子」

発端となったのは「大桃美代子のツイッター」であった。そのなかで、大桃美代子の元夫AP通信代表の山路徹氏と麻木久仁子が、大桃美代子結婚当時に不倫していたことを暴露したのである。これは「ツイッター」というブログではない個人情報発信手段としても話題を集めた。

流出写真の草分け---まるで娼婦、喫煙ベッド写真

高部知子(当時15歳)

83年のことだ。時の移ろいは早い。当時15歳にすぎなかったのだが、半裸写真が流出、世間に衝撃を与えている。なにしろベッド上での喫煙写真であった。出演中のテレビ、ラジオ、CMはすべて降板という羽目になった。そして流出させた交際相手が自殺してしまう。そのため復帰は絶望的となった。当人は、こんなに大騒ぎになるとは思わなかっただろう。しかし、15歳でのセックスや喫煙は、世間の常識を超えている。この事件の後、画像流出は多発することになってしまう。

ユッコの呪---「1986年4月8日、アイドル岡田有希子飛び降り自殺」

いまだに亡霊騒ぎが起きている。自殺の原因は伏せられたまま。失恋とも云われているが、推測の域を出ないのだ。そして全国で4名のファンによる後追い自殺が発生している。さらに2000年7月19日、岡田の元マネージャーが自殺している。彼は岡田の後、酒井法子の担当であったが、覚せい剤事件が起きている。そして遺書はなく、岡田の自殺の真相を暴露しようとしていた、とも云われる。

オセロ中島洗脳騒動

不安を抱えて生きるのは、会社員だけではない。芸能人も同様だ。不安定の環境に置かれている彼らの立場も分かるのだ。そこに宗教団体は巧妙につけ込むのである。また、大手の宗教団体はTV局と良好な関係を持っている。オセロ中島が人身御供になったのは、くだんの女霊能者がTV局に影響力のない個人であったためと云われる。

整体師「楽しんご」のマルチな副業

川崎駅前の「楽しんご」の整体院「癒しんご」ここでは、お客様にジュースを売っている。これは、マルチまがい商法である。その名も「モナヴィー」という。米国発のネットワークビジネスである。古くは「アムウエイ」が有名だ。紹介者を増やせば報酬を得ることができる。マルチに嵌ると友人を失うことになる。

くれぐれも注意したい。

勝てなかった「貧乏」---上原美優の悲劇

上原美優(享年24歳)自室にて自殺。前日に父親に「種子島に帰りたい」と電話している。遺書はなかったが、なぐり書きのメモが発見されている。動機について、さまざまな憶測が流れている。交際中の男性は暴力団関係者との説が根強い。「貧乏」で売り出したが、その心はそれほど強くなかったということだろうか。

芸能界入りすべきではなかった、と店長の私は思う。

究極のコスプレ---特攻隊員になりたかった

少し年代が古いのだが、記しておきたい。1976年3月23日に起きている。この事件は「コスプレ」的であった。当時まだ「コスプレ」という日本語は存在していない。せいぜい「仮装行列」ぐらいだろうか。彼の名は「前野光保(29)」セスナ機に乗り込んで、当時政界の大物フィクサーとして有名であった「児玉誉士夫」邸に突入・炎上した。TV 局から盗み出した特攻隊の衣装に身をつつんでいた。彼は「三島由紀夫」に心酔していたらしい。彼の自殺は、あくまで特攻隊員でなければいけなかったのだ。この点が「コスプレ」的である。それは「楯の会」を率いて市ヶ谷の防衛庁(当時)に押し入った「三島由紀夫」と似ている。「楯の会」は軍服のような制服を着ていた。

後藤真希の不幸の連鎖---幸せになって欲しい

以前、ずっと前になるのだが、店長の私は江戸川区に住んでいた。JR新小岩の商店街を抜けると、そこが店長の住むマンションがあった。すぐ近所には美人タレント「小松千春」が住んでいて、何度か見かけた。そして、あとで知ったのだが、「モーニング娘。後藤真希」も近所だったという。全盛期の加入メンバーであった。ところが、彼女ぐらい親族に、ことごとく足をひっぱられた芸能人もいないだろう。07年10月、実弟が窃盗容疑で逮捕された。そして、母親のマンションからの転落死、自殺ではないかと噂される。実は父親も96年にロッククライミング中に滑落死を遂げている。また実の姉は元風俗嬢との噂が絶えない。後藤真希の不幸の連鎖。あの酒井法子に通じるものがある。

寂しすぎる---芸能人の孤独死

一般人の孤独死は珍しくない。独居老人は年ごとに増えている。芸能人も同じように孤独死が増えても不思議ではない。少し前になるが往年の美人女優大原麗子さん。発見されたのは死後数日後のことだ。彼女は、家事がさっぱりできない人であったらしい。おそらく離婚の原因の一つだろう。孤独死もやむをえないか。ところで、最近でも孤独死は報告されている。覚えておられるだろうか。清水由貴子さん(享年49)だ。認知症を患っていた母親の介護疲れが原因とされている。想像もできないほどに悩んでいたのだろう。悲しすぎる死だ。その母親の目前で、しかもその場所は亡き父親の霊前であった。彼女は、硫化水素を充満させたビニール袋を被って死んでいた。そばには認知症の母親がいた。あまりにも気の毒である。言葉もない。

孤独死といえばこの人気タレント、「飯島愛さん」である。いまもって真相がはっきりしていない。

他殺説が浮上している。おそらく公的発表の事故死に間違いないだろう。限りなく自殺に近い事故死というべきか。失恋に悩んでいたともいう。残念であった。まだ十分芸能界で活躍できたであろうに。

結婚も賭け事?パートナー選びは慎重の上にも慎重に

芸能人には、結婚によって運が開けたという例は少なくない。一方で、まったく裏目と出た不幸な例もある。

最近では、やっぱりこの人。「酒井法子」だろう。相手の評判も芳しくなかった。親がサーファーショップの経営で成功しており、本人は定職にも就かず、「自称」プロサーファーであったが、あくまで自称であって認定されていたわけではない。それだけでも結婚相手として敬遠すべきだったが、酒井法子には、結婚に反対する周囲の声は届かなかった。今回の事件で、本人の恵まれていなかった生い立ちなども世間に知れ渡ってしまった。年齢から言っても芸能界復帰は困難に違いない。女優としても非凡であっただけに残念ではある。

そしてもう一人、「矢田亜希子」である。こちらも事務所など周囲の反対を押し切って結婚した。「あのチンピラ」とも名指しされていたそうな。誰あろう「押尾学」である。合成麻薬に手を出し、いっしょにマンションの一室にいた女性を死なせてしまった。しかも、怖くなって女性を放置して、必要な救護処置を怠ってしまう。押尾も芸能界復帰は無理だろう。こちらも父親が米国での事業に成功し、何不自由なく気ままにやっていた。酒井法子の場合と通じるものがある。

昭和芸能史を彩る「克美茂による愛人絞殺事件」その当人が一昨年亡くなっていた---また昭和が一つ消えた。

事件は1976年に発生した。事件当時は、茶の間をおおいに賑わした。アニメ主題歌「エイトマン」の大ヒットで知られる「克美茂」が愛人を殺害し、その遺体をクルマのトランクに隠していた。被害者は、克美の愛人、銀座ホステスで、多額のお金を貢いでいたらしい。克美の不遇時代を影で支えていたが、人気が出ると、その愛人が邪魔になった。克美茂は、思いあまって首をしめたのだが、「済まない、許してくれ」と云いながら犯行に及んだという。当時の世相は、現在のように女性が強くはない。男性中心、男性優位の風潮であった。むしろ今では力関係は逆で、捨てられるのは決まって男になっている。だからこの種のニュースは現在の風潮に馴染まない。

昭和だからこそ発生した事件だといえるだろう。

人気アイドルはセックス依存症?

まだ、記憶に新しい、「矢口真理不倫事件」である。自宅に不倫相手を泊めて、旦那さんと鉢合わせ。

これはすごい。一般人の感覚を超越している。密会ならともかく、現場が自宅の寝室とは。「身長差が大き過ぎるカップル」と揶揄されていたが、「性の差」も大き過ぎたのか。相性はいいとは云えなかったようである。こちらは、芸能界復帰を画策しているらしいが、状況は甘くはないようだ。「芸能人なら許される」確かにその一面はある。だが、イメージとあまりにもかけ離れている事例だけに、即座に復帰とはいかないだろう。残念ではあるが、このまま消えるしかないと思う。

事務所から圧力を受けて破滅---加勢大周

正統派イケメン俳優であった加勢大周であるが、2008年10月に現行犯逮捕された。容疑は覚せい剤である。

彼は、アルバイト中に事務所社長に見出され、芸能界入りした。ところが人気が出ると、母親が個人事務所を開設し、息子の「加勢大周」の引き抜きを画策するようになる。この動きに、彼を発掘し育成した社長は激怒する。

移籍するなら芸名を返上してもらう。それが答えであった。そして、別のイケメンを事務所からデビューさせたのである。もちろん「加勢大周」の名前である。ただ二人を区別するため「新・加勢大周」という通称名であったが。

このストレスが、本家・加勢大周にとっては大打撃だったのだろう。不安に悩まされ、大麻やさらには覚醒剤に走ってしまった。

一方の「新・加勢大周」であるが、パットしなかった。芸名も「坂本一生」に変更したが、このやり方はまったく裏目に出たようだ。結局、「事務所移籍騒動」がなければ、かれら二人は、まったく違った人生を歩んだであろう。いやむしろ、芸能界に入るべきではなかったかも知れない。芸名は重要である。余談であるが、加勢大周は「勝海舟」から、坂本一生は「坂本龍馬」からの着想であったそうな。

偉大な母を持つ不幸---高橋祐也

彼を覚えておられるだろうか。当時発表されていた芸能人長者番付。その常連、三田佳子のバカ息子である。10代の彼は、母親から、当時の会社員の給料を上回るほどの「おこずかい」をもらっていた。高校在学中の18歳で覚せい剤取締法で逮捕された。さらに自宅地下室で「覚せい剤パーティ」までやっていた。招待者には当時のアイドル少女も含まれていた。そしてバカぶりを世間にさらしたのが、当時の美人女優三田佳子なのであった。「息子はかわいそう」「毎月50万円のおこずかい」などのおバカ発言で、世間を混乱させたのである。

三田佳子は、愛情と甘やかしが区別できなかったようなのである。現在、彼女は意地悪な初老の女性を演じている。また息子は07年に再逮捕された。 

二世タレントは---大成できるのか

最近に限ったことではないが、政治家や芸能人では二世が断然有利である。彼ら二世たちは、俗に「生まれながらにして3塁ベースに立っている」と揶揄されている。たいていの人はベンチにさえ入れない。

この男をご存じだろうか。「中村俊太」09年4月に大麻取締法違反容疑で現行犯逮捕されている。その父親である中村雅俊は記者会見を開き、芸能界から引退させると明言した。人生を切り開いてきた父親、その道を閉ざしてしまったバカ息子。よくある話ではある。

罪作りな写真週刊誌

1997年、一人の映画監督が、自身の事務所が入居するビルから投身自殺した。当時の映画「ミンボーの女」は大ヒット。そして、やくざから狙われて大けがをした、伊丹十三監督である。これらの経緯から他殺説が飛び交ったが、実は週刊誌が報じた1枚の写真に激怒、「死をもって身の潔白を証明する」と書かれた遺書が見つかっている。不倫疑惑報道である。

まだ元気であれば、さらなる傑作映画を観ることができたであろう。残念なことであった。

涅槃はやすらかなのか?

83年6月28日新宿京王プラザホテルは騒然となっていた。「おやじ 涅槃で待つ」という遺書を残し「沖雅也(享年31)」投身自殺した。人気ドラマ「太陽にほえろ」のスコッチ刑事役で人気沸騰していた。もっともそのころ沖雅也は躁うつ病で苦しんでいた。ホテル47階から、どんな世界をみて飛び降りたのだろう。涅槃にはたどり着いたのだろうか。芸能界もそうだが、プロ・スポーツ界では、持って生まれた才能がものをいう。店長の私が思うに、成功するかどうかは、最後には、その人の「性格」ではあるまいか。前向きで明るい性格、こいつがあればたいていの「風雪」に耐えられるからだ。

どこで人の道を踏み誤ったのか---「大五郎」

もう歴史の中であるが、「子連れ狼」という人気ドラマがあった。そのドラマで大五郎を演じて、天才子役と云われたのが、「西川和孝」である。彼は、高校卒業後に芸能界から引退した。そして渡米、帰国後は水泳コーチ、さらに市議を経てスイミングスクールの経営に乗り出した。彼の人生に暗雲が立ち込めはじめる。やがて資金繰りが悪化。金融会社に融資を申し込むも拒否される。激怒した西川は、友人と共謀して貸金業者を殺害する。そして金銭を強奪し、その遺体を林道工事現場に遺棄した。彼はタイに逃亡するものの現地で逮捕された。00年10月3日無期懲役の判決が下された。

女子アナ、練炭自殺---意味不明な日記を遺す

元TBSアナウンサーの川田亜子さん(享年29)が車中で自殺した。

08年5月26日、港区の路上で駐車してあった車内で倒れているところを発見された。5月7日には「私は悪魔になった」というブログを残している。様々な憶測を呼んだが、真相はいまもってわからない。

個人的な悩みなどは、周囲の人には理解できないものである。決行する前に誰かに相談できなかったのだろうか。

ここでも、才能をひとつ失ってしまった。