歴史の闇に蠢き、歴史を闇から操った魅力ある人たちがいる。

ときに、フィクサーとして畏れられた人々である。この昭和史に眠る怪物たちを叩き起し、日本の正しい姿を探ろうと思う。

このコラムは、宝島社刊行「日本黒幕列伝」を参考にしています。取り上げる順番に意味はありません。順不同です。

甘粕正彦---軍人、元陸軍憲兵隊大尉である。甘粕の活躍の舞台は中国大陸の満州であった。彼は、「溥儀」という清朝の後継者を見つけ出し、「満州国」の皇帝へと担ぎ出した。映画「ラストエンペラー」で作曲家の坂本龍一が演じている。そして「満映」とは、日本が満州に設立した云わば国策の映画制作会社であった。甘粕はその理事長に就任した。ここで、一人の世にも美しい少女を見出した。そしてその子を女優にすることを思い立つ。その美少女こそ後の「浅丘ルリ子」であったという。

里見甫---新聞社の辣腕記者、裏の顔は「阿片王」である。日本軍に30兆円をもたらした。阿片を握った者が中国大陸を握ると云われていた。中国語は得意でネイティブ並みであった。そして蒋介石を始め国民党の要人との接触に成功する。彼は、日本軍のために国民党とのパイプ役に徹し、裏では阿片の販売に心血を注いだのであった。阿片売買で得た大金は、日本軍の機密資金に化けた。また、莫大な金が甘粕正彦を通して「東条英機」らに流れていたとされる。

大川周明---極東裁判中に発病、精神病院送りになったインテリ右翼である。脳梅毒であった。1886年山形県生まれ。東京帝大卒。5.15事件などに関与した革新右翼といわれる。当時ではめずらしくはないが、大川も社会主義とキリスト教に心酔した。そして大東亜共栄を目指す軍との関係を深めていく。裁判が始まると大川はパジャマ姿で入廷し、口からよだれを垂らし、明らかに精神を危うくしていた。席に着くと前に座っていた東条英機の頭をぴしゃりと叩いたという。精神病院送りで絞首刑を免れたが、退院後は農村復興運動に献身し、1957年没した。

中村天風---成功の伝道師。戦前は、満州で軍の諜報部員に従事する。1876年生まれ。16歳のとき頭山満の玄洋社に入った。それ以後の九死に一生を得るような波乱の人生は、自著に詳しい。天風に師事する財界人は多い。定価¥10,100にも関わらず「成功の実現」は隠れたロングセラーである。店長は前に勤めていた会社の上司に読むように奨められたものである。戦前戦後を通じて、その薫陶を受けてきたものは10万人という。古くは原敬、東郷平八郎、最近では松下幸之助、稲森和夫氏などである。

北一輝---佐渡の造り酒屋の家に1883年に生まれた。2.26事件で銃殺刑に処された。青年将校の理論的な首謀者でもあった。魔王とも呼ばれた革命家であった。早熟で頭が良かった。23歳のとき「国体論及び純正社会主義」を発表している。軍はこの「北一輝」を恐れていた。だから、あいまいなまま逮捕してしまった。この事件に連座させるのには無理があった。だが、危険思想家として北一輝を逮捕するのにベストタイミングな2.26事件であった。青年将校たちは「天皇陛下万歳!」を叫んで死んでいったが、北一輝はひとり静かに息絶えたという。

石原莞爾---満州事変を影で演出したエリート軍人である。1889年山形県鶴岡生まれ。彼のグランド・デザインは、満州を支配下に置き、日本・満州で米国に劣らぬ経済圏を造る。そして欧州・米国との最終戦争に勝利するというもの。幼少期から頭脳明晰で、陸軍幼年学校から士官学校そして大学校へと順調に歩を進める。1928年関東軍参謀として満州に赴任。圧倒的に劣勢であったが、それでも張学良の軍を打ち破った。しかし石原の考えよりも10年以上も早く日米が衝突してしまった。まだその時期ではない、という思いもむなしく原爆によって敗戦を迎えてしまう。石原は「なぜわしが戦犯ではないのか」と腑に落ちなかったという。

頭山満---右翼源流の一人である。1855年に福岡県に生まれる。頭山は西郷隆盛が起こした西南戦争では、その西郷軍に加わろうとした。この西郷の情念を受け継いで誕生したのが、頭山が起こした「玄洋社」である。以後日本外交の黒幕として暗躍した。孫文を支援したのも頭山であった。右翼のルーツをこの頭山満に求めると、その大本となるのは「西郷隆盛」である。

内田良平---20歳で単身ロシアへ、大陸浪人の元祖

1901年に「黒龍会」を創設した。福岡出身、柔道王国福岡の基礎を作ったとされる。彼自身も柔道5段の腕前であった。日韓併合に暗躍したが、史実は内田の理想とは程遠かったようである。内田は、日本と韓国が対等な立場で合流するような「合邦」を目指していたらしい。どこで何によって内田の理想にひびが入ってしまったのだろう。「日韓併合」は事実上の植民地支配であった。名前まで変えさせたのだ。これぐらい民族を貶める行為はないと云えるだろう。韓国政府は依然として、日本を許さない。もし内田が思い描いていたような日韓の連合国家が生まれていたなら、アジアはどんな歴史になっていただろう。