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「必読!おバカ事件ファイル」第2弾です。

国内外の荒唐無稽な事件を取り上げます。

さらに、おバカな詐欺被害を検証します。

ここに始まった教育現場の崩壊---「大阪市立田辺中学校」の呆れた体罰

少し古い事件だが取り上げる。2005年夏、大阪市東住吉区で起きた教師の話だ。教師はサッカー部の顧問を担当していた。熱心に実技指導を行った、熱血先生であった。現場は、大阪市立田辺中学校だ。サッカー練習中にミスをした部員たちに前代未聞の体罰を科した。

それが「全裸ランニング事件」である。校長先生は、学校の不名誉を恥じてこの問題をもみ消そうとした。ところが「全裸」になった生徒の父兄が黙っていなかった。教師は父兄にいったん謝罪した。校長は、「いじめ問題」と同様に”事なかれ主義”に毒されていて、大阪市教委へ事態を連絡しなかった。教師はサッカー部顧問を続けていたが、この体罰事件は、2007年6月のマスコミ報道で市教委の知るところとなった。市教委は調査に乗り出す。そして、教師は停職2ヶ月の懲戒処分となった。教師は2007年11月に復帰する。そして2008年1月17日早朝、自宅近くの南海高野線踏切で電車に飛び込み自殺をする。根は真面目な先生だったのだろう。「熱血漢」と書いて「おバカ」と読むのだ。サッカー部の顧問を外されて余程悔しかったのだろうか。「---全裸はまずかった---」と、店長は思う。

外国為替の天国と地獄---投資金と人生を棒に振った「兵庫県立津名高校教諭部費着服事件」のお粗末

”主婦が4億円の脱税”でブームに火が付いたFX人気。誰でも稼げると云った誤った情報が日本中に広がった。その結果、この津名高校の「馬詰宜孝教諭(当時33歳)」は、一攫千金を夢見るに至った。だが、馬詰先生は知らなかった。およそFX投資家が100人いれば、95人までが当初の証拠金を溶かし、半年後には退場を余儀なくされるという事実を。この馬詰先生は、FXで投資金を溶かしてしまう。先生が積み上げた借金は、なんと1千万円を超える。FXに限らず、およそ投資には、自分の余裕資金で始めることが鉄則である。先生は部費を管理していた。「とりあえず、目先は、これで返済しておこう---」先生は、高校の部費などの70万円を無断で流用してしまった。馬詰先生がFX取引を始めたのは、平成24年からである。その間、多少の利益を出したこともあったが、たいがい大負けした。ほとんどの軍資金を溶かしてしまう。2017年3月21日、兵庫県教育委員会は、先生を6ヶ月の懲戒処分にする。着服した70万円は先生の家族が学校に返済した。同時に馬詰先生は同日付けで退職した。店長の私もFXでは大金を溶かしてしまったが、一念発起し、投資手法の習得に奮闘している。また、最近ではGMMAという最強のインジケーターと遭遇した。この「馬詰宜孝先生」に、店長の手法を教えてあげたかった。本当に残念に思うのだ。最強インジケーターの紹介はこちらへ⇒「店長の悔しすぎるFX戦記」にお立ち寄り下さい。

平成の”エロ事師たち”---「東京高裁判事中学生買春事件」の衝撃

このおバカ事件が発覚したのは、2001年5月19日である。警視庁蒲田警察署は「東京高裁裁判官村木保裕容疑者」(事件当時43歳)を「児童買春・児童ポルノ法違反」で逮捕したのだ。取り調べでは「---申し訳ないことをした---」と素直に容疑を認めたという。彼は「東電OL殺人事件」を担当した高名な判事であった。世間は仰天し、また呆れかえった。2000年10月20日、川崎市内のホテルに中学2年生の少女(14歳)を招き入れて金銭を渡し、淫行に及んだ。女子中学生とは、携帯の「出会い系サイト」で知り合った。事件の発端は、女子中学生が家出中で、警察が彼女を保護したことから始まった。彼女は、「援助交際をやっていた」と話したため、携帯の通話履歴を調べたところ、「村木保裕」が浮かび上がる。警察は、少女に村木と連絡を取らせた。そして捜査員がその指定場所に張り込んだのであった。云わば「おとり捜査」である。はたせるかな「村木保裕」がやってきた。彼は、慌てて逃げ出そうとしたため捜査員が確保した。いつからだろうか。「村木保裕」の心に淫する欲望が芽生えたのは。店長の私が思うに、彼は恋愛経験が乏しいままに法曹界に入ってしまった。いや、中央大学法学部に入学するために、女性などには目をくれず猛勉強をしたのだろう。司法試験合格のために、恋人でさえ邪魔な存在であった。女子中学生を恋愛対象にしたのは、彼が単に”少女趣味”だったせいではない。彼は自分の中学生時代に戻りたかった。中学生らしく恋愛がしたかった。恋愛を封印していた自分自身に謝りたいと思っていた。彼は望み通りに法曹界の一員となったが、その代わりに犠牲にしたものがあまりにも大きなものだった。彼は愕然とした。そして心を痛めた。ある日、彼はとんでもないツールを手にする。それこそ「出会い系サイト」であった。こうして、彼は心の空白を埋めることには成功した。だが、それは「裁判官」として超えてはいけない一線であった。

朝日新聞がネタを自作自演---「朝日新聞珊瑚記事捏造事件」の顛末

衝撃的な虚報は、1989年4月20日朝日夕刊でスクープされた。記事は日本人のモラル低下を嘆いている。西表島の珊瑚の写真が掲載された。『KY』のイニシャルが珊瑚に書き込まれている。というより傷つけられていた。このスクープは海外でも報じられたのだ。しかし沖縄のダイバーたちが独自に調査したところ、犯人は取材カメラマンではないかという疑惑が浮上する。5月20日の朝日朝刊に、取材記者が無傷の珊瑚にイニシャルを刻んだ自作自演であったことを認める謝罪文が掲載された。刻み込んだ写真部員は懲戒解雇された。さらに責任は広がり、朝日東京本社の編集局長と写真部長は更迭された。そして朝日新聞社長は引責辞任した。だが、朝日新聞が日本および日本人を貶めていたのはそれだけではないのだ。朝日新聞は「アカ日新聞」と長年揶揄されてきた。それだけ”反日的な記事”が目立ったのである。まるで北京やソウルに本社を置くようであった。それでは、1989年(平成元年)を俯瞰してみる。1月7日に昭和天皇が死去され、年号が平成に改まった。バブル経済が終幕しようとしていた。市中にはお金があふれ、モラルは低下し、テレビ番組にはやらせが横行した。足立区で「女子高生監禁暴行殺害コンクリート詰め事件」が発覚し、世間を仰天させたのは3月30日であった。前年の2月23日に名古屋で不良グループによるアベック暴行監禁リンチ殺害事件が起きている。少年による凶悪事件が多発していた。

エイズ初上陸の悲劇---エイズ・ノイローゼの母親が無理心中事件

知識不足と早合点は、時にとんでもない事件に発展する。エイズがわが国でも話題を集め始めた1987年4月のことだ。東京都江東区で痛ましい心中事件が発生した。このおぞましい病気「エイズ・免疫不全症候群」に感染したと思い込んだ主婦がいた。1月ごろから体調を崩して臥せっていた。そして、今騒がれているエイズに感染していると不安になったのだ。3月下旬に検査を受けた。結果は「異状なし」であった。だが、神経質になっていた主婦は納得しない。主婦は、その精神的な思い込みによって体調を崩していた。微熱が続き体重が減った。さらに、家族までが「身体がだるい」「よく眠れない」と訴えるようになる。「今は潜伏期間なのだ、やがて発病する---」と主婦は考えた。「私がエイズで死んだら家族が困る---」と脅迫神経症に陥る。思い詰めて彼女は心中を決意。13歳の長女と9歳の長男を包丁で刺し殺す。そして夫には重症を負わせてしまった。この事件を防ぐことはできなかっただろうか。夫は、妻を精神科に連れて行くべきであった。思い込みが激しい人はいる。回りが何を云っても聞く耳を持たないものである。

パンツ一丁の男は横浜国立大学生---隣人女性に相手にされず刺殺したおバカ学生

その隣人殺人が起きたのは1982年(昭和57年)8月18日である。場所は神奈川県横浜市西区のアパートであった。隣室に越してきた専門学校生に横恋慕したのが、当時横浜国立大学に通うパンツ一丁の貧乏学生である。彼はルーズな性格だからか、その年に単位不足で留年の身であった。パンツ一丁で過ごしていたのは、たぶん部屋にクーラーが無かったのだろう。当時、このようなアパートは珍しくなかった。学生には彼女がいたのだが、留年に愛想を尽かしてフラれてしまった。ルーズであるばかりでなく性格も陰気であったそうな。腐っていた頃に隣室には新しい入居者が決まった。専門学校生だという。おバカは、早速行動を開始した。なお、国立大学は、全国都道府県にあるが、学生すべてが秀才とは限らない。いくらか間違って合格したおバカがいる。彼もそんなバカ学生の一人である。彼女が外出中に忍び込んで待ち伏せまでしていたという。当然彼は警戒される。専門学校生は友人に「--アパートを替わりたい--」と事態を打ち明けていた。だが、まさか刺し殺しに来ることなど予想だにしなかった。このおバカ、ルーズな性格のくせに、用意周到に告白計画を練っている。もちろん、おバカは殺す気は無かった。彼なりのやり方で彼女にしたかったのであった。おバカがゆえに最悪の手段を行使したのである。隣室の気になるあの人に騒がれてしまい、手にしていたアイスピックで彼女の喉を刺し貫いた。おバカは気が動転した。自分も死のうと思い同じように自分の喉元を刺してみた。---痛くて死にそうだった。結局、自首して出た。1審では懲役12年が言い渡されている。---バカに付ける薬はないようだ。

今も昔も芸能人に憧れるおバカがいる---「国鉄貨物列車死体遺棄事件」のおバカ

発見した国鉄職員は驚いたことだろう。何しろ死体が貨物として乗っていたのだから。事件は1957年(昭和32年)に起きた。犯行当時20歳の青年が仕事仲間を殺害、遺体の始末に困って貨物列車に遺棄した。警察の懸命な捜査で、遺体をくるんだビニールテープから足が付いた。彼は美空ひばりの熱狂的なファンであった。そばに居たいと切望するようになる。そのため彼は家出して上京する。そして映画スターを夢見て俳優養成所に通った。生活するためにはお金が必要だ。様々な職業を転々とした。ようやく戦後の混乱期を乗り越えた時代である。映画スターや野球選手がもてはやされた。普通の人には及びもつかないほどの富と名声をつかみ取った人たち。大衆は、それらスターに憧れるが、思い通りにならない現実を前にして打ちひしがれる。このもどかしさ、その現実との落差は埋めようがなかった。青年は現実とのギャップに苦しんだ。---こんなはずではない。こんなはずでは---その鬱屈した思いが経済的なトラブルから仲間を殺す遠因になったのだ。(この項は「芸能界事件簿から人生を学ぶ<その3>」と共有しています)

割りがいいバイト?---JR常磐線の車中で”千円”痴漢

痴漢が逮捕されたのは、1988年(昭和63年)4月である。場所はJR常磐線車内。上野を起点に茨城方面に走っている。痴漢は女子高生に狙いを定めていた。彼は、被害者の女性に千円ずつ「お触り代」を渡していた。この女子高生は都合25回ほどそのサービス料を受け取ったそうである。当時の週刊誌は「日当痴漢現る」と面白可笑しく記事にした。逮捕されたとき、その痴漢は呟いた。「な、なんで---」彼にはまったく罪の意識がなかったらしい。根拠は女子高生が、彼が折り畳んで渡そうとした千円紙幣を受け取ってくれたからである。この1988年は昭和の最後の年であった。その当時、JR常磐線にはまだ「女性専用車両」は設置されていない。しかも常磐線はドアが手動で開閉できた。というよりオール電化されていなかったらしい。途中の停車駅では乗客が自分で乗車する際に開け閉めしていた。なんとも牧歌的な光景であったようだ。だからといって痴漢は当時も今も犯罪である。むしろ今では「痴漢冤罪」には十分注意したいものだ。まず逃げられないそうだ。

アザラシ「タマちゃん」と消えた白装束の奇異な人たち---「パナウエーブ研究所」騒動のお粗末

一般にカルトに嵌った人々は、他人から見ると奇異なものである。数々の騒動を起こし、大学教授が教団施設内で変死するなどの問題を起こしていた変な白装束の団体があった。まだ「オウム真理教」が華々しく登場する以前であった。バラエティ性があり、恰好のテレビの餌食になった。連日報道され視聴率も取った。なんでも「スカラー電磁波」を浴びると放射能のような害を為すという。その教祖が死去したのは2006年10月26日である。「パナウエーブ研究所」の上部団体は新興宗教の「千乃正法会」という。渋谷区に本部が置かれていた。彼らがマスコミの集中報道を浴びたのは2003年4月である。「スカラー電磁波」を防ぐという目的?で白装束で身を固め奇妙なデザインのステッカーをワゴン車に貼り巡らして移動した。あまりにもテレビ的であり連日報道された。迷子のアザラシ「タマちゃん」にエサを与え続けて話題になった。さらに、「タマちゃん」捕獲・救出作戦を計画していた。ところが教祖「千乃裕子」が死んでから求心力を失い、いつの間にか消えてしまった。最後はあっけない終わり方である。地球の滅亡を”予言”していた。それは”ニビル星”が地球に衝突するといもの。この騒動で、まったく無関係のパナソニックが大迷惑したそうだ。「良識」ある人でさえ「宗教」に吸い寄せられる。だが、この騒動は始まりに過ぎなかった。後の「オウム真理教」事件で人々はカルトの恐怖を知ることになる。

娘の替え玉になって名門女子大学を受験---正体がばれて御用となった男性教師

少し古い事件だが見逃すことができない。笑劇の替え玉受験は、名門「津田塾女子大学」で1975年(昭和50年)2月13日に起きた。娘の替え玉になったのは女装した父親。しかもただの「おバカ」ではない。高校教諭なのであった。この先生、女装趣味があったのだろうか。謎である。受験当日はバレなかった。と云うより誰も通報しなかった。受験二日目、隣に座った受験生がヘンに思った。「なんか変な人だわ、男では?」受験生は、試験後に係官に通報した。「変な人がいます」そうしてバレてしまった。しかし、先生の娘は成績優秀だったそうである。替え玉なんてしなくても、あるいは合格していたかも。この昭和50年は女子の大学進学率がピークに達していた。そのため先生は奥の手を考えたのだ。自分が代わりに受験する---おそらく娘は、”難関すぎる。志望大学を変えなさい”と担任との親子面談で忠告されていたのだろう。先生はひと肌脱いでしまったのだ。そして着たのは女性のパンタロンであった。喉元はタートルネックで隠したつもりであった。女子高校生に交じっているのだからバレないはずがなかった。

”自業自得”を立証した辣腕弁護士---美人妻との不倫が招いた珍(チン)事件

久々に取り上げる「おバカな珍事件」です。

今度、新しく事務所に入所してきたのは人妻である。それも、弁護士好みの美人であった。「オレにも運が向いてきたか---」と、弁護士は独り言を云った。40歳を超えた今、すでに妻と性交渉はなかった。人妻と親しくなるのに時間はかからなかった。残業を押し付けても彼女は気安く応じてくれた。人妻の夫は慶応大学大学院生でボクサーだった。彼は思っていた「---近頃、やけに遅い日が多いな、まさか、不倫しているのでは---」妻は答える「バカを云わないでよ」と。だが、このボクサーの勘は的中していた。妻は職場の上司たる弁護士と逢瀬を重ねていたのだ。妻を問い詰めると「お酒を飲まされ身体を奪われていた」と弁明するのであった。ボクサーは妻の作り話を真に受けた。そして頭に血が上った。2015年8月に港区虎ノ門でその「珍事件」は起きた。弁護士は、押し入ったボクサーのパンチを喰らいぶっ倒れた。さらにボクサーは剪定ばさみを持ち出すと、弁護士のペニスを根元から切断し水洗トイレに流してしまった。有能な弁護士は「人生も身体の一部も先っぽがなくなってしまった」性欲があっても性交できなくなったのだ。生活を共にする女房に女性の魅力を求めても無理というもの。だからこそ人妻が魅力的に見える。だが超えてはならない一線であった。ましてや相手の夫は元プロボクサーである。法廷で明らかになったカラオケデートでは、美人妻は”セーラー服”に着替えてコスプレで盛り上がったという。現在、弁護士は座って用を足している。こうなったらスカートを穿くしかない。「オネエ弁護士」の誕生である。

前代未聞の「身分確認訴訟」---「皇位継承権」は我にあり

平成7年8月、東京地裁民事部において、原告は主張した---「自分は”天皇”である」と。もしあなたの友人が「実はオレ、皇位継承権をもっているんだ」と言い出したらあなたは噴き出すだろう。「飲み過ぎだ」と友人を諫めるだろう。この近代稀に見る「おバカな」訴訟を起こしたのは、立命館大学大学院を卒業している公認会計士である。訴状には自分をDNA鑑定せよと訴えている。原告は「信原義也」氏である。信原氏は、昭和天皇と良子皇太后との間に生まれた皇嫡出子だと主張した。終戦直後の「熊沢天皇」を想起させる、おバカな話である。取材をしたルポライターに「電波がそう伝えた」という。「神のお告げ」ということだろうか。最近の表現のようだ。しかも、「---昭和天皇は、女官との間に生まれた」と信原氏は主張している。訴えは平成9年に最高裁で決している。「却下」である。精神を病んだ人の「妄想」に過ぎなかった。さぞや宮内庁は迷惑だったことだろう。

旧石器時代を何度も”発掘”し「神の手」と賞賛された考古学者---実は自作自演の”ねつ造”

旧石器ねつ造事件は2000年11月5日に毎日新聞がスクープした。当時、東北旧石器文化研究所の副理事長であった「藤村新一」氏は、学説を覆す大発見を行った。関係者は、この壮挙を絶賛し「神の手」を持つ考古学者として「藤村新一」氏を称えた。---ところが、この発掘は自作自演。宮城県上高森遺跡で同様の”発掘”をする様子が毎日新聞記者のカメラに収められてしまう。旧石器を自分で埋め、丁寧に土をかぶせ踏み固める姿が撮られてしまったのだ。だが、彼は何のためこのような愚挙に出たのか。学者としての名誉が欲しかったのか。動機は明らかにされていないが、すぐに嘘はバレる。一説によれば国からの研究費を値上げする目的であったそうな。この疑惑は、なにやら最近の「STAP細胞捏造騒動」に似ている。そういえば「割烹着」の美人研究員はどうしているのだろう。どうでもいいが気になってしまう。

周囲の猛反対もなんのその---「風船オジサン」はどこまで飛んだ?

関係者に嘲笑され、「それ見たことか」と云われてしまった「風船オジサン」しかも飛んだのが手製のゴンドラである。オジサンが「檜風呂」を改装して作った。♬オジサン飛んだ 空まで飛んだ 空まで飛んで壊れて消えた♬このシャボン玉のように大空へ舞い上がったのは「鈴木嘉和」さん、自称「冒険家」のピアノ調律師である。オジサンは、なぜこの無謀な冒険を決行したのかというと「環境問題」であった。事件は1992年11月23日に起きた。オジサンの主張は「米国ネバダ州の”鳴き砂”保護を訴えるため」である。反対を押し切り、米国へ向けて琵琶湖から舞い上がった。この飛行は、戦争中に日本軍が考案した「風船爆弾」を思い起こさせる。理論上は米国上空まで爆弾を飛ばすことが可能とされた。どこかの国と違って牧歌的すぎる話だ。平和なのだ、基本的には。決行前に、オジサンは借金取りに向かって云ったそうだ。「有名になって返ってきてから返済します」だと。あるいは、真相は借金取りから逃げるために「檜ぶろ」ゴンドラに乗ったのではあるまいか。オジサンは、この風船に「ファンタジー号」と名前を付けていた。

「人生は、ファンタジー」とでも云うつもりだったのか。飛行二日目まで無線で連絡が取れていたが、オホーツク海上空でSOSが発信された。それ以後消息不明となった。その後は、まったく無責任な根拠もない作り話が駆け巡ることになる。いわく「北朝鮮に拉致された」「ロシア機に撃ち落とされた」「アラスカにたどり着き生存している」---などなど。だが、何か悲しい。”鳴き砂”はどうなったのだろう。

ヤラセ&出演者自殺---やむなく番組は終了

人気番組「愛する二人別れる二人」1999年である。愛情をこじらせたカップルが登場。バトルがスタジオで展開し、番組ゲストが「解決策」を適当に思いついてカップルにアドバイスする。なんとも俗悪な、おせっかい極まりない番組であったのだが、人気があった。視聴者の頭の程度、いや人間レベルも知れる。店長も自分自身「俗悪」なのか毎週視ていた。「世の中は広い、おバカがいるものだ」と、おバカップルには毎週感心していたのだが、シナリオ通りの演技を強要されていた出演者が自殺して騒ぎになった。その件で、番組が「やらせ」であったことも判明する。当然、番組スポンサー側では大激怒した。そして番組批判が集中して、途中終了となってしまった。だが、と店長は思う。「俗悪」には「俗悪」の使命があると。昨今、スポンサーの顔色を窺うあまり、「番組」がつまらなくなる傾向にある。「自主規制」も結構であるが、再考してもらいたいものである。(この項は「芸能界事件簿から人生を学ぶ(その3)」とコンテンツを共有しています)

「狭き門より入れ!」女生徒がすり抜けられずに圧死---遅刻指導教師の「天国の門扉事件」

兵庫県立神戸高塚高校で1990年(平成2年)7月6日に信じられない事故が発生した。門扉に女子生徒が身体を挟まれ死亡したという。門扉は遅刻生徒を締め出すために担当教師が手動で閉じていた。定刻になると教師は問答無用で閉鎖するのだ。この日も定刻を迎えたので担当の教師は力いっぱい閉じようとした。その動いている門扉に向かって一人の女子生徒が猛然と駆け込んだのであった。だがタイミングは悪すぎたのである。女子生徒は担ぎ込まれた病院で死亡が確認された。当然、学校側に過失があった。教師は駆け込もうとする女生徒を目視できなかったのだろうか。門扉に身体を挟まれるとどうなるのか、想像さえできなかったのだろうか。数秒の遅刻さえ許されぬことであったのか。一命をもって贖うほどに重大な問題なのだろうか。この教師は、遅刻をさせないために定刻に門扉を閉じていた。教師はいつも考えていた。「5分早く家を出てくれば済むことなのに」と。この教師にとって学校の規律を守らせることこそ先決であった。それが健全な精神の形成に寄与すると思っていたのだろう。だから、あくまで規律を守らせる立場を取った。学校にも担当教師にも「思いやり」が一切なかった。女子生徒を圧死させ、その生徒の未来を奪い、両親の希望をも打ち砕いてしまった。この、世にも愚かしい事故が報道されるや神戸高塚高校は世間の非難を一身に浴びた。

「ゲートボール」という高齢者に流行した集団スポーツがあった---反省会で殺人

この競技は「グランドゴルフ」とも呼ばれているのだが、衰退する気配はない。校庭や空き地などで競技会が各地で開催される。この事件は1982年9月1日、長崎県の南高来郡愛野町のゲートボール場で発生した。参加者は総勢20人である。お金を出し合って商品を買い、4組に分かれて試合をした。競技会が終わって、大半のメンバーは帰宅したのだが、3人がその場に残って反省会となった。そして、岩城房太郎(当時67歳)は割れた酒瓶で仲間の田川松次(当時76歳)をメッタ刺しにして殺害に及んだ。二人は試合中から焼酎を飲んでいた。反省会では、ボールの判定を巡って二人が言い争いになった。先に手を出したのは、田川の方であった。これに岩城は激昂する。酒瓶を割り、割れた瓶で田川に襲い掛かったのである。当時、この殺人は「ゲートボール殺人」と呼ばれ大きく報道されている。

かつて阪神タイガースには、今年の広島カープ打線のように活発で「神がかり」だった時代があった。

事件は「阪神タイガース優勝祝勝会」で起きた。1985年10月17日夜であった。舞台となったのは目黒区内の居酒屋である。世田谷在住の熱烈タイガースファンの飯山大造は、東京猛虎会の仲間と乾杯していた。宴会は大いに盛り上がった。その最中に仲間の一人が疲れたのか居眠りを始めてしまう。飯山は激怒して仲間に殴りかかった。「それでもタイガースファンか!」店を出てからも殴り、その仲間はなんとか帰宅したが、数時間後に息をひきとってしまう。飯山は傷害致死罪で逮捕されている。今年のタイガースは選手若返りで力を発揮できないままである。だが1985年のシーズンは違っていた。岡田、掛布、バースがいたのだ。頑張って欲しい。

招かれざる客だった---幻の立候補「石田純一」の処世術

「石田純一」が立候補したとしても、たぶん「小池百合子議員」には遠く及ばなかっただろう。だが、注目をされることが彼の目的だったとすれば、見事に成功したと云える。最近、売り物の「スキャンダル」があたかも枯渇してきたようで、ここらで手を打たないと芸能人生命が終わってしまうのでは、という危機感に襲われていた。ちょうど舛添要一知事の進退問題が浮上してきた。やがて都知事選が行われることになった。「渡りに船だ---いけるかも」と妙案を思いついた。それが「立候補の意向」表明会見である。もし、「間違い」で立候補できたとしてもそれはそれであった。「不倫は文化だ」

それが、演説会の「石田純一」候補の第一声である---わけはないか。

近年稀にみる「おバカな本」---「福田君を殺して何になる」

世間を大騒ぎさせた「光市母子殺害事件」。フリーの自称ジャーナリストが犯人の実名・写真付きで刊行し、出版差し止め裁判まで起きた。著者は「増田美智子氏」である。店長はこれを一読し、軽い衝撃を受けた。内容が稚拙すぎるのだ。まず、挑戦的なタイトルからしておかしいと思う。「人殺し」と「死刑」を同列に論じている。このタイトルには「話題になった事件」を執筆して「世間の注目」を期待する著者の少なからぬ野心が見えてしまう。「人殺し」は落ち度すらない他人の人生を無慈悲に奪う許されない行為であるが「死刑」は違う。「福田君」は殺されようとするわけではない。彼は「罪を贖う」よう求められているのだ。冒頭で、彼の幼稚な手紙が紹介されている。読んでみて驚いた。まるで幼稚な「エロ餓鬼」ではないか。いったい彼の何を弁護するというのだろう。著者は少年を匿名ではなく実名「福田」で執筆しているが、増田美智子ご本人こそ「匿名」で執筆するべきだったかもしれない。店長は、青山学院大学准教授のブログを思い出した。「赤ちゃんは0.5人」と主張したおバカ発言である。学長まで出てきて謝罪するはめになった事件である。判決に戻ろう。結果として「死刑判決」が下されるのだが、弁護団は荒唐無稽な論陣を張った。それはまるで、あえて「死刑」に導こうとするかのようであった。増田美智子氏は、執筆のため、弁護団に取材を要請して断られている。無理もない。売名行為と思われていたのだろう。

結婚目的?---49歳ニートの幼稚な犯罪

倉敷市で学校帰りの少女が行方不明になったのは、2014年7月14日の夕方であった。別の児童が不審者を目撃していた。岡山県警では大掛かりな捜査を開始し、容疑者「藤原武」を逮捕した。藤原は49歳にもなりながら無職ニートであった。岡山市北区の自宅で少女は無事に保護された。暴力など受けた様子はなかったそうだ。供述では、倉敷市内の小学校付近を徘徊し、少女を誘拐して「飼育」するために、一人で帰宅している児童にいきなり刃物を突き付け、脅してクルマに連れ込んだという。また、その「飼育」のため自宅を改装して用意していたらしい。自宅の部屋から夥しい幼児ポルノが見つかっている。この種の犯行から身を守るためには、複数で下校させること。防犯ブザーを携帯させること。これが基本である。2015年「藤原武」に懲役6年6カ月が言い渡された。「藤原武」は犯行動機について「結婚したかった---」と供述している。おバカは死刑になってから云って欲しい。(この項は「覚えておきたい最近の犯罪」とコンテンツを共有しています)

恐るべし---杉村太蔵の処世術

かつて「小泉チルドレン」として話題を集めたのが「杉村太蔵」である。新人とはいえ議員らしからぬ無邪気な発言が多く、当選後、一躍人気者になった。現在では「おバカ」を装い、バラエティー番組で異彩を放っている。また、政局が大きく変わった時「株式投資」で大金を儲けたという。本人が番組で広言しているから本当なのだろう。店長が気にいらないのは、「夢や目標を持たない方が良い」という杉村太蔵の主張である。バカも休み休み云って欲しい。その議員をやっていた頃も、若者たちを前にしての講演会で同様の発言をしていた。「夢や目標」がないから「社会不安」が拡大していき、「犯罪」が蔓延するのではないだろうか。杉村の影響力・発言力は、小泉さんの本当のチルドレンほどではない。だがゼロではない。彼は、「夢や目標」を追いかけるのではなく、今この一瞬にベストを尽くすべきだ、という。それは正しいと思う。だからと言って「夢や目標」があってはならないという主張は間違っている。彼は、世間で語られているような「おバカさん」ではない、と店長は睨んでいる。

覚せい剤汚染は芸能界だけではなかった---大蔵省課長補佐(事件当時44歳)が逮捕

事件が発覚したのは1998年3月19日であった。当時は財務省を「大蔵省」と呼んでいた。奈良・律令制時代から続く歴史的な由緒ある省庁であった。その「大蔵省」の役人が覚せい剤使用の容疑で逮捕されたのだ。度重なる破廉恥な大蔵省の事件に世間は沸騰したのである。一緒に逮捕されたのが4人の「高校教師」であった。世間から「アブノーマル」の極みと蔑まれた「大蔵省」である。後の「省庁再編」では由緒ある「大蔵省」を残して欲しいという意見が多数寄せられていたが、この事件が決定打となってしまったのだろう。かくして「大蔵省」は「財務省」へと名称が変わってしまった。

宮崎発、カルトにハマる常識---「加江田塾」ミイラ事件

宮崎市加江田で「男児のミイラ」と「生後間もないミイラ」が発見され騒ぎになったのは、2000年1月20日であった。見つかった場所は「加江田塾」と称する教団本部である。まるで「ライフスペース」の宮崎版を思わせた。塾長の東氏は、「ミイラは生き返る。そのため遺体にエネルギーを送っている」と宣った。信者(とされる)人たちはそれを信じていたのだろうか。成田市と宮崎市、東西で発生した奇怪な事件に世間は驚愕した。折も折、「オウム真理教」は「アレフ」と改名した。その初代代表者は「上祐」氏であった。

「自己啓発」を犯罪用語にした罪の重さ---「ライフスペース」の「ミイラ騒動」

千葉県成田市のホテルで、ミイラ化した男性の死体が発見されたのは、1999年1月12日であった。さらにミイラと同宿していたのが、その死体の家族だった。この部屋では「自己啓発」セミナーが行われていた。セミナーは「ライフスペース」と称していた。その会の代表者は「高橋弘二」という。驚くべきことに、代表の高橋をはじめ居合わせた会員たちは、「ミイラは生きている」と繰り返し主張した。この事件以降、「自己啓発=カルトまたは犯罪者集団」という図式が出来上がってしまう。店長にとっては迷惑千万な事件でもあった。「高橋弘二」代表は、警察の追及に「もう少しで生き返るところだった」と悪あがきをしている。そのホテルで、死んだ家族を放置すること数カ月にも及んだ。彼らは、絶対にホテル従業員を部屋に入れなかったらしい。部屋の掃除は自分たちで行っていた。さらに、代表が男性を生き返らすための、施術を行っていたとも云う。カルトに集まる人は、ごく普通の人たちである。ただちょっとだけ向上心が旺盛なだけである。それは「オウム真理教」にはまった理系秀才たちにも同様のことが云えるだろう。

都内各所で「死のう!」と叫んだ奇妙な人々---「死のう団」事件

ただ叫んだだけではない。割腹自殺の演技まで行ったのである。1937年(昭和12年)2月17日午後であった。都内数か所で騒ぎが起きた。この事件を起こしたのは「日蓮会殉教衆青年党」と名乗る邪教団体であった。弾圧を受けたことへの反発だったらしい。当時、要人の暗殺事件が相次ぎ、軍の統制が利かずまるで「きな臭い」世の中であった。そこへ突然現れた奇怪な集団である。都民は驚いたことだろう。場所は5ヶ所、皇居前・国会議事堂・警視庁・外務次官邸前・内務省の階段。それぞれ5人の「変な男」が現れ「死のう!」と云って自らの腹部に短刀を突き立てた。警視庁は、これら5人とも逮捕した。幸いにも、怪我をした人はいなかった。後にリーダーの「江川桜堂」が逝去した際には、切腹で信者の一人が殉死している。それにしても、彼らはいったい何を訴えようとしていたのだろう。

なるほど、その手があったか---自称「風俗弁護士」

事件は、2015年の6月20日の新宿歌舞伎町で起きた。

被害者は、おそらく歌舞伎町デビューだったのだろう。サービス料として12万円を払っているのだ。地方出身者かもしれない。年齢からして社会人になって間がないのではなかろうか。

しかし、と店長の私は思うのだ。「風俗弁護士」ってなんだ?まあ、高い授業料だと思って大人しく家に帰るべきであったが、まじめだったのか。さらなる被害を招いてしまった。「取り返すから、手数料を50万円いただきます」何、それ?キャッシングして渡してしまった。彼には借金だけが残った。

うかつにもほどがある。「風俗弁護士」というだけで怪しさ100%ではないか。ご愁傷さま。(この項は「詐欺犯罪について学習しよう」とコンテンツを共有しています)

カルト集団「ヘヴンズ・ゲート事件」---なんと38人が集団自殺

米国発の驚愕事件であった。

1997年に米国サンディエゴにおいて教祖と38人の信者たちが遺体となって発見された。信者たちが信じていたものは荒唐無稽な教義であった。彼らは「ナイキのスニーカーでUFOに乗れる」と信じていたらしい。詳しくみておこう。この新宗教は、むしろ宗教を超えオカルトかSFの世界である。1970年代のアメリカは、カルト系教団のブームが起こっていた。教祖「マーシャル・アップルホワイト」は、接近しつつあった過去最大級の「ヘールボップ彗星」が世界の終焉を招くとしていた。ここまではよくある「人類終末論」である。彼は信者に「汚れた肉体」を捨てることを求めていた。集団自殺に同意した信者たちは、黒いシャツにスエットパンツを身に着けていた。そして、この「ナイキ」のスニーカーである。未知なるものへの憧れ、現実の否定が、信者には新鮮であった。