古今東西の映画や小説から正しい人生の歩き方を学びます。

名作にふれて、勇気や情熱をもらいましょう。

それが皆さんの人生を飛躍させるきっかけになれば幸いです。

イエス・キリストを描いた最高作---歴史巨編「ジーザス」

神学者、考古学者を率いて5年に渡る時代考証を行って撮影された映画です。「新約聖書ルカ福音書」に基付いて徹底したリアリズムで描かれている。1979年公開のアメリカ映画である。ユダヤ王ヘロデの時代を堪能しよう。キリスト教に関心が無くても歴史映画として十分に楽しめる。人間の苦悩には、時代は関係ないことがよく分かる。

理解できた日本人は少数派---悪魔の存在を巡って争われた法廷劇「エミリー・ローズ」

2005年に公開されたアメリカ映画です。実話を元に描かれた、無実を訴える神父を弁護するために奮闘する女性弁護士を描いた話題作でした。

一般に欧米のキリスト教国では、「神」と「人」は対立し、格闘するものですが、この概念は「神」と「人」が常に一体になり融合した存在であるとする日本人には理解しがたいものです。日本人にとって「神」とは征服する対象ではないからです。映画のタイトル「エミリー・ローズ」は主人公、女子学生の名前です。彼女は「悪魔」に憑依されたと信じ込み、「ムーア神父」に「悪魔祓い」を依頼しますが、不幸な事故で死んでしまいます。さらに「ムーア神父」は「過失致死罪」で起訴されてしまいます。女性弁護士「エリン」は、「悪魔の存在」を法廷で証明するために悪戦苦闘します。裁判の行方は---ぜひDVDを視聴なさって下さい。

母子の絆とは---必ず泣けるイギリス映画の秀作

2004年公開のイギリス映画の秀作が「Dear フランキー」です。この映画を観て泣けなかった人は、たぶん心のネジが1本緩んでいる

昨今、わが国でも離婚の増加によるシングル・マザーが増えています。この映画もDVの夫から身を隠して、各地を転々とする母子の絆を描いたものです。聴覚障害を持つ息子の「フランキー」は、それが父親のDVによるものだという記憶がありません。彼は、まだ見ぬ父を慕い手紙を書きます。若い母「リジー」は、父親に成りすまして手紙の返事をしたためます。それによると「父は船乗りで当分家には帰れない」と書いてありました。ところが---父の乗っている船は彼らが身を潜めて暮らす港町に寄港することになってしまったのです。日本人の感性にぴったりの泣かせる映画です。

生きることの意味---映画「アライブ--生還者」は実話である

その航空機事故が起きたのは1972年10月のことである。ウルグアイ空軍機571便は、45名の乗員・乗客を乗せてアンデス山脈に墜落したのだ。その日のうちに死亡したもの12人。5人は行方不明になる。チリとアルゼンチンの国境付近にその機は墜ちた。高度4200㍍あり、積雪は10㍍もあった。28人の生存者があり、10日目には食糧がつきた。さらに17日目に雪崩が発生し、8人が死亡した。19人が取り残された。どこを見ても雪山だらけで動物の姿すら見かけない。このままでは、生存者全員が餓死するほかなかった。雪崩に襲われた時に、仲間の一人が「---オレが先に死んだら身体を食べても良いから、生き延びて欲しい---」と言い残していた。生き残った仲間たちは空腹と恐怖とで正常な思考などできない状態になっていた。だが、彼らはラグビーチームを中心とした統率された集団であった。そのため争い事などは起きなかった。彼らは悩んだ末に「カニバリズム」を実行した。つまり仲間の肉を食べたのであった。彼らは、全員がカトリック教徒であった。だから「カニバリズム」を「聖餐」であるとして自らを納得させた。この墜落事故は、後に映画化されて反響を呼ぶことになる。その映画こそ「アライブ---生還者---」である。仲間の人肉を食べて飢えをしのぎ、救助を求めるための「遠征隊」を組織して、決死の覚悟で下山を試みた。そして72日後にようやく救助されることになる。その遺族の子供が云った言葉に彼らの心は慰められたのである。「---あなたの中に、わたしの父は生きているのね---」(この項は「人生・土壇場からの生還」とコンテンツを共有しています)

1度は観ておきたいイタリアの名画---「ブラザーサン シスタームーン」

イタリアは13 世紀「アッシジ」の青年が主人公である。彼の名は、「フランチェスコ」後に「フランチェスコ会」の創立者となる人物である。映画は、この「聖フランチェスコ」の半生を描いた大作である。裕福な商人の息子として生まれた彼は、信仰とは無縁の世界で何不自由なく暮らしていた。そして友人たちと「ペルージャ」との戦いに加わり重病に罹ってしまう。故郷に帰還するが何週間も生死の間を彷徨うのだ。そんなある日、小鳥の泣き声で彼は目を覚ます。奇跡的に意識が回復した。やがて彼は「信仰」への道を歩み始めるのであった。

仲代達也の演技が光る---賞賛された「反戦映画」

日中戦争をテーマにした五味川純平著「人間の条件」

全部で1,300万部を売り上げた歴史的大作である。全6巻という大作で、読破するのも大変であるが、「いい小説を読んだ」といった満足感を得られる。「戦争」に心ならずも加担してしまう満州鉄道職員の「梶」。この日中戦争に反対する主人公は、だが、自分の意に反して戦争にかり出される。作品は、「仲代達也」主演で映画化された。DVDで視聴できるので、若い人こそ観て欲しい。1959年に初公開されるや「反戦映画」の傑作と賞賛された。(この項は「店長特選・名作100選」とコンテンツを共有しています)

世界が恐怖した日---9.11同時多発テロ

「ワールド・トレード・センター」に航空機が激突、ビルは直後に崩落する。2001年9月11日、奇跡の救出劇が繰りひろげられていた。崩落したビルの瓦礫に埋もれ、脱出困難に陥った二人の警官。それを何とか助け出そうとするレスキュー隊員たち。名匠「オリバーストーン」監督がメガホンを取った人間ドラマである。この映画も実話をもとに撮影されている。どんな状況下に置かれても決して諦めてはいけない。諦めてしまえば「奇跡」などは起こらない。必ず生きて帰る、その執念が大事だ。

映画「奇跡の詩」で再現されたアマゾンの決死行

事件当時17歳のドイツ人少女「ユリアナ・ケプケ」は、1971年ジャングルの生態研究をしている父親に会うためペルーのリマから奥アマゾンのプカルパに向かう飛行機に母親と搭乗した。飛行機はプロペラ機で、その乗客は92名であった。そして悲劇が襲う。この飛行機はアンデス上空で乱気流に巻き込まれて空中分解した。生存者は1名だけ、それが映画の主人公になった「ユリアナ・ケプケ」である。だが、状況は最悪だった。未開のジャングルに、水も食料もなく、たった一人で投げ出されたのだ。そして、本当の奇跡が始まった。彼女は絶望の中で生物学者の父親の言葉を思い出していた。「ジャングルで道に迷ったら、水の流れる方へたどって行けば良い。流れはやがて大河になり、そばには人が住んでいるものだ」彼女は、その言葉を頼りに必死で歩き続けた。木の葉のしずくで喉の渇きをいやし、6日間を歩き続けた。体力は限界であった。背中に強烈な痛みを感じた。肉バエに食われていた。手が届かずどうにもできなかった。そうして、やっと河岸に出た。ここで彼女は、簡易的な「いかだ」を作ることを思いつく。ところが、今度は胸の当たりに激痛が走った。思わず見ると20cmもある大きなヒルが何匹も噛みついている。さらに、流木を探そうと水辺に入った彼女を別の敵、肉食ドジョウが襲ってきた。またも猛烈な痛み。彼女の心は、苦痛と恐怖で負けそうになる。しかし、苦闘の末に「いかだ」が完成した。彼女は川を下り始めた。すでに8日が経過していた。何度か幻覚を見た。そして運命の9日目であった。小さなカヌーが岸に繋がれているのを発見した。地元の青年が釣りに来ていた。青年は水を与えて介抱してくれた。そして彼女が墜落機唯一の生存者と知り、驚いて街までカヌーを漕いで知らせに行った。こうして、彼女はプカルパの病院に運ばれた。眼底や鎖骨など複数の骨折があり、全治1カ月の重傷であった。最後まで望みを捨てなかった彼女は、駆け付けた父親と感動の再会を果たしたのであった。

(この項は「人生・土壇場からの生還!」とコンテンツを共有しています)

絶望的な極貧と闘いながら、家族を守るためにリングに上った「シンデレラ・マン」は実話だった

実在した伝説のボクサーの名は「ジェームス・ブラドッグ」1905年にニューヨークで生まれたアイルランド系アメリカ人である。1926年にプロライセンスを取得する。強い右パンチを武器として頭角を現し、将来を期待された。ところが1929年の株式大暴落・世界大恐慌と歩調を合わせるかのように、ブラドッグ自身も勝てなくなってしまう。すでに結婚して子供もいた彼は、港湾労働などの日雇い労働をして生活費を稼いだ。そして全力で家族を守り抜いた。だが、決してチャンピオンになる夢を捨てなかった。「いつか再びリングに上がる。そして勝つのだ」貧しい暮らしを続けていても、心の中まで貧しくはなかった。心はすでにチャンピンであった。そんな折りも折り、彼に「消化試合」のオファーがくる。1934年のことであった。彼はこの千載一遇のチャンスをものにするのだ。そして世界王座に挑戦することになった。その運命のタイトルマッチは1935年6月13日のニューヨーク、ロングアイランドのリングであった。チャンピオンは「マックス・ベアー」であった。ブラドッグの勝利を予想した人は誰もいなかったのだ。起こるはずのない「番狂わせ」であった。それは、大恐慌にあえぐ大衆を熱狂させたのだ。この物語は「ラッセル・クロウ」主演で映画化された。「ロッキー」のような作り話ではない。これは実話である。

度重なる病気、大事故にも屈しなかった伝説の女流画家の生涯---「フリーダ」

メキシコの「フリーダ・カーロ」は、47歳の生涯を病の中で閉じている。しかし、彼女は明るくどんな困難にもくじけなかった。また、その有り余る情熱をカンバスにぶつけ、精力的に絵画と取り組んだのである。人生に絶望しているのなら、ぜひこの伝記映画を観て欲しい。「フリーダ」は、小児麻痺で右足が不自由であったが、18歳の時はバスの事故に遭い大けがを負う。だが、独学で絵画を学び、当時、有名な壁画家であった「デイエゴ」に師事した。その後二人は深く愛し合うようになる。そして結婚。だが彼女の幸せは長くは続かなかった。流産や足の切断、夫の裏切り、しかし彼女は明るさを失わない。そして絵画への高まる情熱は揺るがなかった。感染症や合併症に見舞われるが、奔放に生きる彼女を何か羨ましいとさえ思ってしまった。

ホームレスから億万長者に---実話だった「幸せの力」

クリス・ガードナー、この男性が奇跡のアメリカン・ドリーマーなのである。1954年生まれである。医療器具のセールス時代は「子連れのホームレス」であった。その後彼は「株式仲買人」に転じて成功するのだ。その頑張りは映画に描かれた通りである。「成功哲学」では、決してあきらめてはいけない、と教えているがその通りの成功物語であった。現在、思い通りにいかなくて、落胆、失意にある人は、この映画を見て欲しい。あなたの心に「革命」が起きるはずである。

明日を生きていく勇気を貰える---「サンシャイン・クリーニング」

なにをやっても不器用な家族。人生崖っぷちの姉妹が始めたのは「事件現場の清掃業」であった。死の現場に立ち会うのが仕事である。だが、その仕事のおかげで自分たちの心の傷が癒される。やがてバラバラになっていた家族の心が一つになり、絆を取り戻す。大成功とは云えないが、それでも姉妹は満足であった。明日もまた前を向いて生きていこう、そのような気分に充ちてくるのだ。不思議な温かさを持った映画である。

競馬で感動を味わう---「シービスケット」

人生それぞれのどん底にいた3人の男と、潜在能力は高いが見捨てられていた競走馬が出会った。そして始まる奇跡の物語。馬挌は大きくはないが根性では他馬に負けない「シービスケット」は、あるきっかけで連戦連勝していく。競馬界は小さな大エースの出現に沸き返ったのだ。やがて、孤独だった男たちにいつしか家族以上の絆が生まれる。意気上がる彼らは、シービスケットで史上最高額のレースに挑むのだ。いつの間にか、この馬を応援している。そして奇妙な連帯感の中にいる自分を見つけるだろう。「諦めてはいけない、絶対に---」それをこの映画は教えてくれる。

一度は観ておきたい---「奇跡の人」

三重苦のヘレン・ケラーと彼女に光を与えた教師「アン・サリバン」の物語はあまりにも有名である。サリバンは、弟と母親を失くしている。さらに病気で視力を失ってしまう。だが、彼女は不屈の精神力を持っていた。数度にわたる手術と訓練によって、盲目を克服するのだ。そのサリバンは「ヘレン・ケラー」の家庭教師になる。そして人生すべてを捧げるのである。生まれて初めて、物には言葉があることをヘレンケラーが知ることになった水汲み場の場面は、何度みても感動的である。実は「奇跡の人」とは、「ヘレン・ケラー」ではなく「アン・サリバン」のことである。彼女は、それ以降50年にもわたって「ヘレン・ケラー」を支え続けたのであった。

名作映画「太陽がいっぱい」---仏・伊合作「アランドロン」の出世作

日本でも大ヒットした素敵な映画である。1960年制作、ジャズのようなテンポの良さ。小気味よいストーリー。どんでん返しのラストシーン、ハンサムな若き日のアランドロン、どれをとっても素晴らしく、店長一押しの名作である。これは階級社会に果敢に挑戦したものの、最後にはその犯罪が露見するという、見応えのある作品であった。主人公のアランドロン扮するトムは、親友であった、良家の放蕩息子を殺害し、彼の恋人を自分のものにし、さらに彼になりすまし、全遺産の詐取に成功する。このまま遺体が発見されなければ、トムの完全犯罪は成功するはず---であった。極上のワインに酔いながら、トムは満足げにつぶやく「太陽がいっぱいだ!」と。やがて、思わぬどんでん返しが待っていた。社会の”階級の壁”に犯罪では抗えない。当然ではあるが、歴史上どこを探しても、犯罪で財を成したものはいないものだ。だが、と店長は思う。もしかしてギャンブルや投資なら大逆転できるかも知れない。そう夢想してしまうのだ。

物欲からの逃走---頭脳的犯罪の古典

仏映画の名優「ジャン・ギャバン」が、二枚目スター「アラン・ドロン」と初共演した映画、「地下室からのメロディ」である。戦後、ヨーロッパでも貧しく、国民の大部分は貧苦にあえいでいた頃の代表的な映画である。高級リゾートホテルの地下金庫室に忍び込み、まんまと大金を盗み出すことに成功した主人公であったが、最後の最後で躓いてしまう。

犯人たちは、刑務所から出たばかりの貧民階級である。反対に強盗のターゲットは、富裕階級が集う高級リゾートホテルである。この映画が成功したのには理由があった。中流意識など圧倒的多数の大衆が持ちようがない格差社会が成功を呼んだのである。この映画も「太陽がいっぱい」のように、最後には思わぬピンチを招いてしまうのである。

向上心が犯罪を誘発する--「陽のあたる場所」

エリザベス・テーラー主演、日本公開は1952年である。これは、工場の従業員の男が、工場主の娘と結婚するために、同僚の恋人を殺してしまうという、古典であるが、日本でもこの種の犯罪は少なくはない。よく似た物語に石川達三の「青春の蹉跌」がある。何度か映画化されている。青春は、金銭欲や名誉欲を求める。そして、手に入りそうになった時には障害があることに気が付く。邪魔になって殺害に及ぶ。結果として破滅する。古典ではあるが、現代でも時折おきる事件である。